お嬢様の執事は、夜だけ男の顔を見せる

hiro

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第1章

第1話 お嬢様の執事は減らず口

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花々が咲き誇る国、ガルト国。

季節を問わずにあたたかい気候と適度な雨量のおかげで、色とりどりの花が大地を飾り、甘い香りが国中を包みこむ。


窓辺から身を乗り出した少女は、花の香りを楽しむかのように、鼻をひくつかせた。


いい香り――…
 

よし、と声をあげると、部屋のなかに視線を向けた。
その先に座っていたのは、黒い燕尾服をまとった男。

 
「ねぇ、ネオ。今日は、お花見をしましょう」

鈴を転がすような、軽やかな声。
期待に満ちた金色の瞳が、陽射しを浴びて輝いていた。


 
ネオと呼ばれた男はため息をつき、読み途中の本をぱたりと閉じた。

「いけません。今日こそは、たまりにたまったお稽古の数々を――…」

「あぁー、聞こえないわ」

「シアお嬢様」

ぴしゃりと叱りつける声が、部屋に響き渡る。
《シア》と呼ばれた少女は、肩をすくめると、子どものように舌先を出した。



まだ幼さの残る顔つきの少女――…シルヴィアーナは、このルードヴィッヒ公爵家の令嬢。

動くたびにゆれる赤い髪が特徴的で、表情がコロコロと変わる。


年齢は15歳。
まだまだ遊びたい盛りの、好奇心旺盛な年齢だ。


舌を出しているシアを見ると、盛大なため息をついた。

「先日もそうおっしゃって、お稽古を欠席なさったではありませんか。そのぶんの皺寄せなのですから、わがままをおっしゃらないでください」

諭すような言葉とともに、ネオは腰を曲げた。


 
ネオリフト・グリファン――…通称ネオ。

黒髪に碧眼。
ピシッと背筋を伸ばしたネオによく似合う、黒い燕尾服と白い手袋をまとっている。

年齢は24歳。
幼少のころから住み込みで仕えている、ルードヴィッヒ公爵家の執事だ。
 


シアは、むむむ、と声をあげた。

「だって、遊びたいんですもの」

頬を膨らませ、不機嫌そうにそっぽを向く。
可愛らしいしぐさだが、見慣れているネオは惑わされない。
無表情のままシアを見据えた。


「お稽古を終えたあとでしたら、いくらでも遊んでくださってかまいません」

「…やりたくない、っていってるのに?」

「ご主人様の愛娘であるお嬢様の教育係を任されているのは、私です」

「…執事のくせに、ナマイキよ」

「光栄でございます、シアお嬢様」


なにをいっても、減らず口のネオ。

口喧嘩で、ネオに勝った試しはない。
どんなにシアが食い下がっても、いつもこの調子で言い負かされるのである。
 


シアは小さく息をつくと、窓の外を眺めた。
そよ風に誘われた鳥が、落ち込むシアを慰めるかのように窓辺で羽を休めた。



私だって、自由にしたいのに。

…どうしてこうも、うまくいかないのだろう。
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