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第11章

第73話 かけがえのない宝

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「……ジ、ン……」


 ようやく口に出すことができた、彼の名前……。



 見間違えるはずがない。

 月明かりを背に、いま目の前に立っているのは、姿を消したはずのジンだった。




「ジ、ン……、……ジン…っ!」


 とめ処なく溢れる涙。
 ジンは紅い瞳をふっと緩めると、優しく抱きしめた。


「なんだよ、ガキ。俺がいなくて、寝れなかったのか?」

「……ジ、ン……」


 問いかけに答えるよりも、何度も名前を呼ぶ。
 ここにいることを、確かめるかのように。


 会えない時間で育った想いは、もっと彼が欲しいと、心を急かす。


 ルーチェを抱きしめたまま、優しく頭を撫でる。
 胸に耳をあてると、トクントクン、と鼓動の速さを感じた。


「どう、して……?」


 突然いなくなってしまったこと。
 そしていま、ここにいること。

 すべて理解が出来ずに、どうして、と言葉にするのがやっとだった。


 ジンは髪に唇を寄せた。



「今日こそ、宝を盗みにきた」

「――っ」


 ルーチェは、抱きしめている体を強く突き飛ばした。

 あぁ……そう、か。

 ルーチェはため息をついた。



 彼はやはり、海賊。
 目をつけた獲物は、必ず手に入れる。

 国を脅かし、ルーチェを乱す存在。


 もし《王家の宝玉》を手にしたら、ジンはもう二度と戻ってはこない。

 あのころには戻れないのだ、と失望の色が瞳にうつる。



「……ジン、やっぱり、……あなたは……」


 問いかけたルーチェは、口を閉じた。

 言葉を紡いで、肯定されるのが怖い。
 敵なのかと、いっそ聞いてしまいたいのに。

 ジンは机の上に視線をうつすと、無造作に置かれた《王家の宝玉》に気がついた。
 満月の夜に、色を変える《王家の宝玉》……

 月の光に負けず、青く輝き続けている。


「これが、《王家の宝玉》か」

「……っ」


 ジンは《王家の宝玉》を手にすると、紅蓮の瞳をルーチェに向けた。


「さてと」

 ルーチェに向き直すと、ゆっくりと足を向ける。

 一歩、また一歩と近づく。
 
 ルーチェの鼓動は再び速まった。
 目の前でピタリと止まると、ジンはそっとルーチェの髪を撫でた。

 月に輝く金色の髪。
 不安の色が滲む、ラピスラズリ色の瞳。

 手にした《王家の宝玉》を見せると、ジンはベッドの上に投げ捨てた。


「え……っ?」

 思ってもいなかった行動に、ルーチェは瞳を丸くした。

 投げられた《王家の宝玉》は、白い布団の上。
 《王家の宝玉》を、ここまでぞんざいに扱う人は、いままでいただろうか。


 でも……
 なんで投げ捨てたの?

 海賊一味を動かしてでも、ジンにとって必要なものだったんじゃないの……?



 ベッドの上を見つめていると、ふわりと体が浮かんだ。

「きゃ……っ!」


 ルーチェの体を軽々と持ち上げると、ジンはふっと息を漏らした。


「宝はもらっていくぜ。この世にひとつしかない……かけがえのない宝をな」

 ルーチェを持ち上げたまま、ジンは窓から飛び降りた。


「――っ!! って、きゃぁぁぁーーーーっっ!!!」


 予期せぬ事態に、必死にしがみつくルーチェ。
 ぎゅっと強く瞳を瞑った。
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