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第9章

第65話 嫌な予感

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 ルーチェの着つけを終えたリリーは、自分の身支度をするために自室へと戻っていった。

 リリーを見送ると、部屋のベッドに腰をかけた。
 体重で沈む布団は、太陽に干されたばかり。
 やわらかくて、心地がいい。

 
 夜が近づき、あたりは薄暗い。
 うっすらと浮かぶ満月が、夜を心待ちにしているようだ。


 式まであとわずか。
 リリーの身支度が整ったら、すぐに始まる結婚式。


 ルーチェとの時間を優先し、少しでも遅らせてくれた姉。


 心から祝福しなければ……。



 気持ちを整えようと、睫毛を伏せる。
 ふぅっと何度も息を吐き、深呼吸。

 冷たい空気が口に入り、体の芯から身が引き締まるようだ。


 姉が嫁いでしまうのは、とても寂しい。
 けれど、いつまでも寂しい気持ちを引きずるわけにはいかない。


 政略結婚でも幸せだと話した、リリーの笑顔。
 本心から出た言葉だとわかる、優しい笑顔だった。



(リリー姉様、おめでとうございます)



 心からの祝辞を、何度も唱えた。
 感極まって、涙で祝辞が消えてしまわぬように。


 ちりん、と耳飾りが音をたてた。
 満月に照らされた耳飾りは、いつもと少し様子が違う。
 青い色が、より際立つ。



 もしも、願いが叶うのなら……
 大切な人と、ともに過ごせる未来をください。



 いずれくる別れ。

 それを変えられるのなら、私の願いを叶えてください……



『――っ、……!』


 窓の外から、式の準備とは違った騒がしさが聞こえる。
 暗いなかに、誰かの気配を感じる。


 ルーチェは首を傾げ、窓際まで近づくと、庭園を見下ろした。



『――侵入者だ! ただちに捕えろ!』


 窓から見えたのは、忙しなく走るたくさんの衛兵たち。
 逃げた侵入者を捕えるために、衛兵は庭園を駆けていた。



 なにか、嫌な予感がする……。


 ルーチェは、扉を開けて駆け出した。

 庭園まで続く階段でも、衛兵とすれ違う。



 いったい、なにが起きているというのか。 



 忙しなく駆ける様子を横目で見ながら、ルーチェも庭園へと足を急がせた。





 暗闇の中、庭園の中心に向かう。
 あたりに衛兵はいない。


 ここではなかったのか。
 場所を変えようとしたとき……



「……っ! レン……っ!?」


 地に膝をついているレンに、短剣を突きつける男。


 月明かりに照らされた、男の顔。
 さぁっと血の気が引いた。



 紅蓮の瞳。
 レンを睨みつける、冷たい顔。


 ルーチェの心臓が大きく跳ね上がる。


 その瞳に惹きつけられるかのように、男の顔にそっと指を近づけた。


 触れようとする指先が、小刻みに震える。
 唇はわずかに開き、男の名前を呼びたいのに、声が出てこない。


 ラピスラズリ色の瞳が揺れる。



「……あ…っ」


 男の頬に触れる指先。
 肌のぬくもりが、じんわりと伝わる。



 男がまとう殺気は、いつのまにか消えていた。
 紅い瞳が揺れ動き、ルーチェをとらえると目を見開いた。



 金色の髪から見える、ルーチェの耳飾り。
 いつもの耳飾りよりも、色鮮やかに輝く。


 ルーチェのことを間近で見ていた、ジン。
 月明かりに照らされた耳飾りは、いつもの耳飾りではないことに気づく。



 満月の日に、輝きを増すといわれている《王家の宝玉》……


 ルーチェがいま身につけている耳飾りがそうだというのか……。
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