上 下
64 / 82
第9章

第63話 真実

しおりを挟む
 淡々と話すレンを、紅い瞳が鋭く睨む。
 そして、そっと口を開いた。



「過去を、消し去るために」



 レンの眉がぴくりと動く。



「俺は……あなたが船を棄てたことを、ずっと憎んでいます。――それがたとえ、恩人だとしても」

「知って、いるよ」

「……」


 レンは腰に隠してある護身用の剣に手を添えると、カチリと音をたてて構えた。

 抜刀と同時に斬りかかることの出来るレンにとって、それだけで充分だった。


 不利な状況を感じさせない、不敵の笑み。


 迷いのあるジンをよそに、レンは抜刀と同時に剣を突きつけた。



 カキンッ!



 金属同士の戦慄が響く。

 寸で受け止めたのか。
 それとも、受け止められるように抜刀したのか。


 ふたつの剣が、せめぎ合う。


 棄てられたあのときとは違う。
 憎しみや悲しみを帯びた瞳。



 刹那……



 音をたてた剣が宙を舞う。

 弾かれたレンの剣は、地へと突き刺さった。


 間髪入れずに、レンの右肩に短剣を刺した。



「――っっっ!」



 声にならない叫びが、吐血と共に流れる。

 刺さった短剣を素手で握ると、みずから引き抜いた。


 もうひとつの短剣を、レンの喉元に向けた。
 眼光の輝きに迷いはなく、一寸の揺らぎも見せない。



「あのときも、あなたは俺に刃を向けました」

「……そう、だったね」


 背中の古傷が、ズキリと疼く。



 あのときーー

 夜空に浮かぶ月に、うっすらと雲がかかったあの夜。



 平衡感覚を失ったジンの体に剣が向けられ、避けようとした。
 その瞬間、肩から背中を通り、脇腹まで斬りつけられた。


 大きな傷痕。



 あのときのことは、忘れもしない。

 何度も、繰り返し悪夢にうなされる日々。



「なぜ、あのとき俺を斬りつけたんですか」



 先代船長であるレンが姿を消してからすぐのこと。
 この地に停泊したとき、偶然にも街でレンを見かけたジンは、後をつけた。


 門兵に笑顔で挨拶をして、王宮に入っていくレン。
 身形もきちんとしていて、それなりの職についていると想像がついた。


 なぜこんな王宮に?


 しばらく眺めていると、王宮の窓からレンが見えた。
 航海をしていたときには見せたことのない、穏やかな顔。


 突然、姿を消した先代船長。
 行方をくらませたレンは、この地で幸せを手にしていた。



 船に残されたジンは、手探りで船を仕切りながら、必死に彼を探していた。

 いつか彼を……先代船長を、呼び戻すために。



「あのとき、俺はあなたに船に戻ってきて欲しかった。こっそりと王宮に忍びこみ、あなたにそのことを伝えると、殺気が俺に向けられた。……なぜあのとき、斬りつけたんですか」


 長年、聞きたかったこと。
 真実を知ったら、突き放されるのかもしれない。

 その覚悟はまだないけれど、真実を知りたい。

 問いかけるジンの声はかすかに震えていた。



「――守らねばならないものが、ここにあるから」


 迷いのない、レンの声。
 意思を貫く声は、ジンの頭に直接届く。



 レンが守るべきもの。


 自分を救ってくれた国王の愛娘、ルーチェ。
 彼女と出逢って、すべてが変わった。

 
 彼女は、いつも微笑み続けてくれる。
 自分が何者であろうと、どんなことをしてきた者であろうと。


 レン、と呼ばれるたびに、胸の奥があたたかくなる。


 部屋に入ったときに向けられる、嬉しそうな笑顔。
 自分の過去を忘れるくらい、彼女の笑顔に魅了された。


 何があっても、彼女を守る。
 心に誓った。



 15年もの間、かたときも離れず、成長を見守り続けた。
 ルーチェに対する忠誠は王宮一であるほどに。


 命の恩人である国王にではなく、ルーチェに忠誠を誓うほど、彼女は特別であった。


 いまも揺るがない、確固たる誓い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様の執事は、夜だけ男の顔を見せる

hiro
恋愛
正統派執事様×意地っ張りお嬢様 「最後に、お嬢様に 《男》というものを お教えして差し上げましょう」 禁断の身分差… もし執事に 叶わぬ恋をしてしまったら… 愛することを諦められますか? それとも――…? ※過去作品をリライトしながら投稿します。 過去のタイトル「お嬢様の犬」

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...