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第9章

第61話 姉と過ごす最後のひととき

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 廊下から聞こえる音が、今日は一段と忙しない。
 ルーチェはむくりと起き上がると、眠気の残る眼をこすった。


 いつもよりも遅い朝。
 焦点の合わない瞳は宙を仰ぎ、ぼんやりと壁を見つめた。



 今日はリリーが嫁ぐ日。
 夜になれば、リリーの結婚式が始まる。

 自分もいつか、こうやって嫁ぐ日がくるのだろうか。



(やっぱり、どうしても嫌だわ。私は、自分が選んだ人と結ばれたい……)



 ふぅ、と息をつくと、ベッドから立ち上がった。

 あたりを見回すと、今日着るドレスがフィッティングルームに用意されていた。

 フィッティングルームのそばにあるソファーには、大きなかたまりがひとつ。

 目をこすり、目を凝らすと……



「リリー姉様……?」

 ソファーで横になっているのは、姉であるリリー。


 眠るときにはいなかったはず。
 夜半にでも部屋へきたのだろうか。


 薄着のまま横になっているリリーは、くしゅん、とひとつ、くしゃみを漏らした。

 うっすらと長い睫毛を動かすと、何度か瞬きをした。



「リリー姉様、風邪をひいてしまうわ」

 あたたかい毛布を肩にかけると、突然がばっと起き上がった。



「やだ! 私ってば、寝てしまったのね」

「えぇ。ぐっすり眠っていましたわ」

「あら、ごめんなさい。ルーが話したがっていた、って兄様がいってたから……」


 話したがっていたからと、部屋にきてくれた優しさ。
 胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。



「ルーのことだから、私がいなくなるのが寂しいのではなくて?」

「うぅ……違い、ますわ」

 ルーチェが視線を逸らすと、ふふふ、と笑った。


「嘘おっしゃい。姉様、姉様、って昔からついてまわっていたじゃない」

「そ、それはしょうがないでしょう。いつもそばにいて、面倒を見てくださったのは……姉様ですもの」



 この鳥籠のような王宮で、いつもそばにいてくれたかけがえのない存在。
 姉であり、母のような愛情をくれる、大切な存在。



「バルト国王陛下との縁談は断るつもりなのでしょう? 城を出ていくつもりなら、またすぐ会えますわ」


 その言葉に、ぴたりと動きが止まった。


「……本当ですか?」

「あなたがどこにいるか、にもよるけれどね」


 ルーチェの瞳が曇った。



 出来ることなら、ジンのそばがいい。
 彼とともに、自由に生きたい。


 けれどそれは、決して叶わぬ夢。



 王宮を出ていき、自由を手に入れる。
 昔からの夢だった。

 それなのに、彼の隣以外にいきたい場所が、見つからない。



「あなたが好きな人についていくなら、そこがあなたの居場所になるでしょうけど」

「……えぇ」


 力のない返事に、リリーはそっと頬に手を添えた。


「ルーは、その人のことが好きで……幸せ?」

「っ!」


 心臓をぎゅっと鷲掴みされたように、締めつけられる。



 もし、ジンが自分以外の人を好きになったら……?

 笑顔で祝福してあげられるだろうか?



 残りの日を、出来る限り一緒に過ごしたい。
 1秒でも長く、隣で過ごしたい。


 醜い嫉妬で自分を見失うくらいなら……
 ジンの幸せを願えるようになりたい。


 心から愛しいからこそ、相手の幸せを願いたい。



 こくりと頷くと、リリーがそっと体を抱きしめた。


「たくさん恋をして、いろいろな経験をして……綺麗になっていきましょう。恋がつらくても、その経験は決して無駄にはならないわ」


 諭すような優しい声が、心地よく響いた。



「私は、ジンが好き。――いまは、それだけでいいです」

 言葉に、リリーは優しく頷いた。

「ルーはこれから、とても美人になるわ。その人が後悔するくらいに、とびっきりの美人になりましょう!」

「えぇ。――っていうか、まだ失恋はしてないんですけどね。……たぶん」

「あら、そうなのね」


 リリーはソファーから立ち上がると、ドレスに皺がついていないかを確認した。
 ドレスの無事を確認すると、ルーチェのドレスを手にとった。



「一緒にいられるのは、今日が最後。――私が、着つけをしてもいいかしら」

「えぇ、ぜひお願いしますわ。リリー姉様」


 にこりと笑った瞳。
 すぐそこに迫る別れに、悲しさの色が滲んだ。
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