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第7章

第51話 行き着いた先

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 涙で視界が歪む。
 どこに向かっているのか、自分でもわからない。


 宿舎を飛び出し、ひたすらまっすぐに足を進める。
 その場から離れたい一心で、足を走らせた。





 海にある船着き場あたりまできて、ようやく足を止めた。
 乱れた息を整えて、肩を大きく揺らした。


 草の上に膝をつき、崩れ落ちた。


 手に触れた草をぎゅっと握り締める。
 悔しさや切なさが、一気に湧き上がってきた。



(私はやっぱり……ガキ、なのかな……?)



 いつまでも名前を呼んでくれないジン。
 ガキと呼び、自分を見てくれない。


 そうか、と小さく呟く。



 どうしようもなく、好きになってしまった。
 狂おしいほど、彼を欲している自分。
 
 どんなにからかわれようとも、欲望だけは勝手に育っていた。


 彼が欲しい、という貪欲な感情。
 手に入らない現実は、余計に悲しさを与えた。

 恋を知った瞬間、諦めることのつらさを知った。




「……なにしてんだよ」

「――っ」

 声が聞こえて見上げると、船の上から怪訝そうな顔を向けるカイルがいた。

 太陽を背にした赤い髪が、夕焼けのように光る。

 思ってもみなかった相手が声をかけたので、《サラ》は驚いて瞳を丸くした。




 船から船着場を見ると、涙を流し必死に声を堪えている《サラ》がいた。


 放っておこうと思った。
 そのうちいなくなるだろう、と。


 泣く姿を見た瞬間、自分自身に重なった。
 悲しさで押し潰された、過去の自分に……。


 耐えかねたカイルは、船の下で蹲る《サラ》に声をかけていた。



「ふく、せんちょー、さん……」

 かすれた声を絞り出す。
 濡れている頬を手の甲で拭った。


 声をかけるんじゃなかった、と一瞬後悔をしたカイルは、軽く舌打ちをした。



「あ、あの……ごめんなさい。ここにくるつもりはなかったんだけど……っ」


 慌てて笑顔をつくる。
 不自然な笑顔に、カイルは小さく息をついた。

 船の上からため息をつくのが見えて、《サラ》の表情はますます暗くなっていく。


 きっと、呆れられた。


 もしかしたら、気にとめてもいないかもしれない。

 遠すぎて表情はわからないが……
 ここにいるのは迷惑だと、いわんばかりのため息だった。


 少し肌寒い空気に、ぶるっと身震いを起こした《サラ》は、自分の肩を抱いた。



「帰り、ますね……」

 口だけ微笑ませ、無理につくった笑顔だったが、瞳は笑うことができなかった。

 これ以上迷惑をかけないように、この場から去ろうとした。

 そのとき……



「……あがれよ」

「えっ」

「――んなところにいると風邪ひく、っていってんだよ」


 無愛想に言葉を放つと、入るように促した。
 言葉の意図が理解出来ず、呆然と船を見上げている《サラ》を、鋭く睨みつけた。


 びくりと肩を揺らす。


 女嫌いの副船長のそばにいくのは、本当にいいのだろうか……。

 《サラ》は迷いながらも、立ち上がろうと足に力を入れた。



「あ、あれ……?」

 力を入れているつもりでも、なぜか立ち上がることが出来ない。
 何度か力を入れてみても、やはり体が動かない。


「こ、腰が……抜けたみたい……です……」


 あはは、と居心地の悪そうな笑みを漏らすと、今度こそ呆れたようかのようにため息をつかれた。

 カイルは船の中へと入り、姿を消した。
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