上 下
49 / 82
第7章

第48話 彼が欲しいと、訴える心

しおりを挟む
 悲しみにくれる妹の頬に、リリーは手をそっと添えた。


「……少なくとも私は、政略結婚だとは思っておりません」

 なだめるような声に、ルーチェは顔を上げた。


「確かに、最初から相手が決められていることは窮屈ですわ。でも彼は、私を大切に思ってくれています。それは、誰であっても同じこと。そばにいれば優しさも見えてくるわ」


「リリー姉様」


「……そうだぞ。僕だって妻を愛している。相手は決められていても、次期王妃となるには申し分ない素晴らしい女性だ」


「スウェクト兄様」


 いまの生活に満足している2人にとって、ルーチェの考えのほうが理解出来なかった。

 悟ったリリーは腰を屈め、目線を合わせた。



「好きな人でも、出来た?」

「……っ」



 答えは喉の奥に詰まる。



 そんなわけはないと、心で否定をする。
 それでも心の鼓動は止まらない。


 近くにいて、肌に触れて、声を聞いて――もう後戻りが出来ないくらいの感情が育っていた。


 心が、《彼が欲しい》と訴える。




「そうなのね」

 無言でうつむく妹に、リリーは小さく呟いた。


「あ、あの……姉様」

 首を傾け、うつむく顔を覗くと、頬がほんのりと紅潮していた。


「私、恋というものが、わからないんです。一度もしたことがないから……」



 恋とは無縁だった生活。

 でも、と言葉を続けると、まっすぐとリリーを見つめた。


「王宮の生活と、彼らといる生活……どちらが幸せかと聞かれれば、迷うことなく彼らのそばにいることを選ぶと思います」


 信念のこもった瞳。

 まだ別れの覚悟が出来ていないことが悟られないように、そっと心に蓋をする。



「……わかったわ」

「リリー?」

「兄様、私たち兄妹の秘密、にしましょう。兄妹の秘密なんて、悪いことしているようでワクワクしません?」

「お前なぁー……」


 リリーは屈めていた腰をまっすぐに伸ばすと、渋るスウェクトの頬をつねった。


「いててて」

 引っ張られて痛みが走る頬に、スウェクトは眉を寄せた。
 リリーはにこりと笑みを浮かべる。



「あなたが決めたのなら、私たちはなにもいいませんわ。ルーチェも、もう大人。自分が愛する人なら、責任を持って最後までついていきなさい」

「リリー姉様」


「大丈夫。レンにバレたくないんでしょう? ちゃんと黙っていてあげるわ」

「……ありがとうございます」


 つねる頬から手を離すと、解放されたスウェクトが大きくため息をついた。


「無茶だけしないでくれよ。あと、バルト国王陛下との見合いは、形だけでもすること」

「スウェクト兄様」


「――もうすぐ夜が明けるから、見つからないように部屋に戻れ。じゃないと侍女たちが起きてしまうだろう」

「ふふふ、そうね」



 うっすらと太陽の日差しが空に滲み、夜が明けることを告げている。


 優しい笑みの兄姉に安堵の息を漏らす。
 先を歩く2人の背を追うように、城の中へと入っていった。



 そしてまた、何事もなかったかのように朝がやってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様の執事は、夜だけ男の顔を見せる

hiro
恋愛
正統派執事様×意地っ張りお嬢様 「最後に、お嬢様に 《男》というものを お教えして差し上げましょう」 禁断の身分差… もし執事に 叶わぬ恋をしてしまったら… 愛することを諦められますか? それとも――…? ※過去作品をリライトしながら投稿します。 過去のタイトル「お嬢様の犬」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...