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第5章
第33話 触れ合う背中
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「お前は本当に、キレイだな……」
突然の言葉に、《サラ》は顔が赤くなるのを感じた。
まわりが暗くて、よかった。
「ガキ、とはいわないの?」
いや、というと、ジンは言葉を止めた。
(俺は、なにをいおうとしたんだ……)
ただ黙って、そばにいる《サラ》。
苛立ちを性欲に変えて遊女と過ごす夜よりも、はるかに心地がよかった。
「本当は天女が化けてる、とかな」
冗談めいた口調でいうのは、照れ隠しなのだろう。
「あはは、珍しく冗談をいうのね」
笑う声が、鈴を転がすように響いた。
「それなら私は、どこかで羽衣を落としてしまったのかもしれないわ」
「なぜだ」
「天には戻れず、地上に残って生活をしなければいけない――ただの人間として」
羽衣か、とくり返すと、ジンはため息をついた。
「そう、だな――羽衣を、落としたのかもしれないな」
船員たちには、うまく隠していたつもりの感情。
部屋に入ったときは、誰もいないと思って油断をしていた。
ジンは観念したように、吐息を放った。
「……俺は、このまま船長でいられると思うか?」
ぽつりと漏らした、力のない声。
広いはずの背中は、とても船を任されているとは思えないくらい、小さく見えた。
「俺さ、実は……前の船長からの命令でそのまま船長の座についちまった、いわゆる棚ボタ船長なんだよな」
明るくいっているつもりだが、ジンの声は悲しさを帯びていた。
「そのせいか、俺は船長としての自信がない。みんなが本当はどう思っているのか、気になって不安になって――何度、船をおりようと思ったことか」
なぜ誰にも話していなかったことを、《サラ》に話しているのか。
ジンにはわからなかった。
他人である《サラ》になら、深入りしなくて済むと思ったのかもしれない。
一時の気の迷いだとしても、遊女と過ごしてまぎらわせる夜よりも、ずっと心地がよかった。
心の重みを話して、楽になりたかった。
羽衣を失くした天女のように。
いまのジンには、《船長》という器が、心から抜けてしまっていた。
ただ1人の男として、不安を抱えている。
「信頼とか、尊敬とか、船員がどう思っているかとか、まだ俺にはわからねぇ。――それを相談出来る相手もいない」
《船長》がゆえの悩み。
紅い瞳が、窓の外を見つめた。
漆黒の闇には、光り輝く星。
星空を射るように見つめる紅い瞳は、どこか寂しそうに見えた。
ジンの背中に、頭をそっと寄せた。
「聞いてあげる。誰にもいえない不安や恐怖、私が聞いてあげるわ。――誰も頼りに出来ないのは、孤独だもの……」
《サラ》の言葉に、口の端を上げた。
「……生意気なやつ」
背中にかかる体重は、羽根のように軽く、不思議と心が落ち着いた。
睫毛を伏せると、お互いのぬくもりを感じる。
背中越しに《サラ》の小さな手を握り締めると、《サラ》も握り返した。
(こうして過ごす夜も、悪くねぇな)
静寂の夜、2人はお互いの鼓動を感じながら、しばらくそのままで過ごした。
突然の言葉に、《サラ》は顔が赤くなるのを感じた。
まわりが暗くて、よかった。
「ガキ、とはいわないの?」
いや、というと、ジンは言葉を止めた。
(俺は、なにをいおうとしたんだ……)
ただ黙って、そばにいる《サラ》。
苛立ちを性欲に変えて遊女と過ごす夜よりも、はるかに心地がよかった。
「本当は天女が化けてる、とかな」
冗談めいた口調でいうのは、照れ隠しなのだろう。
「あはは、珍しく冗談をいうのね」
笑う声が、鈴を転がすように響いた。
「それなら私は、どこかで羽衣を落としてしまったのかもしれないわ」
「なぜだ」
「天には戻れず、地上に残って生活をしなければいけない――ただの人間として」
羽衣か、とくり返すと、ジンはため息をついた。
「そう、だな――羽衣を、落としたのかもしれないな」
船員たちには、うまく隠していたつもりの感情。
部屋に入ったときは、誰もいないと思って油断をしていた。
ジンは観念したように、吐息を放った。
「……俺は、このまま船長でいられると思うか?」
ぽつりと漏らした、力のない声。
広いはずの背中は、とても船を任されているとは思えないくらい、小さく見えた。
「俺さ、実は……前の船長からの命令でそのまま船長の座についちまった、いわゆる棚ボタ船長なんだよな」
明るくいっているつもりだが、ジンの声は悲しさを帯びていた。
「そのせいか、俺は船長としての自信がない。みんなが本当はどう思っているのか、気になって不安になって――何度、船をおりようと思ったことか」
なぜ誰にも話していなかったことを、《サラ》に話しているのか。
ジンにはわからなかった。
他人である《サラ》になら、深入りしなくて済むと思ったのかもしれない。
一時の気の迷いだとしても、遊女と過ごしてまぎらわせる夜よりも、ずっと心地がよかった。
心の重みを話して、楽になりたかった。
羽衣を失くした天女のように。
いまのジンには、《船長》という器が、心から抜けてしまっていた。
ただ1人の男として、不安を抱えている。
「信頼とか、尊敬とか、船員がどう思っているかとか、まだ俺にはわからねぇ。――それを相談出来る相手もいない」
《船長》がゆえの悩み。
紅い瞳が、窓の外を見つめた。
漆黒の闇には、光り輝く星。
星空を射るように見つめる紅い瞳は、どこか寂しそうに見えた。
ジンの背中に、頭をそっと寄せた。
「聞いてあげる。誰にもいえない不安や恐怖、私が聞いてあげるわ。――誰も頼りに出来ないのは、孤独だもの……」
《サラ》の言葉に、口の端を上げた。
「……生意気なやつ」
背中にかかる体重は、羽根のように軽く、不思議と心が落ち着いた。
睫毛を伏せると、お互いのぬくもりを感じる。
背中越しに《サラ》の小さな手を握り締めると、《サラ》も握り返した。
(こうして過ごす夜も、悪くねぇな)
静寂の夜、2人はお互いの鼓動を感じながら、しばらくそのままで過ごした。
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