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第5章

第32話 そばにいる

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 廊下に出ると、火照った体が肌寒さを感じる。

 早く布団の中に入りたくて足を急がせるが、酔いのせいで思うように動かない。

 飲みすぎたか、とため息を漏らす。


 真っ暗な廊下には、誰もいない。


 ジンは、表情を消した。
 完全なる、無の表情。


 夜風が頬を撫で、黒髪を揺らしていく。



 首にかけられている飾りは、海賊旗にも描かれている、髑髏の印。
 銀細工の重さがズシリと首にかかり、それがこの船を背負う重みに感じる。


 たまに、この船を率いる自信を見失い、誰にも頼れずに悩む日がある。



 まさにいまが、そのときだ。





 ジンは部屋の扉を開くと、上着を脱いでソファーにかけた。
 そしてそのままベッドへ体を預けた。



「――痛いっ!」

「はっ?」

 突然ベッドが声を出した。

 いや……尻にはなにやら、布団よりも柔らかいなにかがあたっている。


 そっと下を見ると、そこには金色の物体が。



「って、ガキ……?」

「うー、痛いわ……」


 踏まれた背中をさすりながら、《サラ》は潤んだ瞳で見上げた。

 ジンは瞳を丸くし、すぐにベッドから腰をあげた。


「おま……っ! ……ここで、なにやってんだよ」

 《サラ》は唇を尖らせながら、ぷぅっと頬を膨らませた。

「きたくてきたわけじゃありませんわ。この部屋を掃除しているときに、大切な耳飾りを置いて、忘れて帰っちゃったの。それをとりにきたのよ」

「ったく。どこから入ったんだ」

「あそこ」

 ほら、と指を向けた先には、大きく開かれた窓があった。
 閉め忘れていたようで、窓から涼しい風が入ってきた。


「みんな宴会中だったし、声はかけずに耳飾りを探していたのよ」

 ジンは窓を閉めると、再びベッドの上に腰をかけた。


「ジン……? なにをイライラしているの?」

「別に。……まぁ、お前がいたことに驚きはしたがな」

 違う、と小さく呟く。


「私のことじゃないの。入ってきたときから、ここに皺が寄っていて、怖い顔をしてるわ」

 ジンの眉間に指をつけると、《サラ》は首を傾げた。


 誰にも気づかれたことのない感情。
 自信を失くしているこのタイミングで、なぜ見抜くのか……。


 ジンの心臓は、大きく跳ね上がった。
 ラピスラズリ色の瞳が、ジンの心にまっすぐと向く。



「いいたくないなら、いいわ」

 ベッドに座るジンに近づくと、背中を合わせるように座り直した。
 じんわりと伝わる体温が、背中から安心を与える。



 言葉にしようとしないジンを察して、《サラ》はただ――そばにいるだけだった。


 なにもしない。
 なにも話さない。


 ただ、そこにいる。


 空気のように。
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