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第5章
第30話 特定の女を近くに置くこと
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空から降る雨が地を濡らし、大地を潤す。
真っ暗な夜に響き渡る、大きな雨音。
雨音をものともせずに、ジンたちは盛大な宴を開いていた。
毎日おこなわれる宴は、日を増すごとに酒の量が増えていった。
口が酒の味に慣れてしまったようで、胃が満足しないのだという。
笑い声が響く部屋の壁際で、ジンは立ちながら酒を飲んでいた。
隣には、料理をし終えたガレットが息をついていた。
「なぁ、船長」
「なんだ」
「珍しいな、女を仲間に入れるなんて」
女とは、《サラ》のこと。
ジンはごくりと喉の奥に酒を流した。
「べつに、仲間にした覚えはない。――このオーディン地帯にいるあいだの、雑用だ」
雑用兼船員の玩具。
目の保養になれば、それでいい。
それに、出会った日から《サラ》のラピスラズリ色の瞳が頭から離れない。
あの瞳をずっと見つめていたい。
熱を帯びた瞳で、もっと自分を見て欲しい。
近くに置けば、この気持ちが落ち着くかもしれない。
思いつきで雇っただけの、女。
「確かによく働いてくれるよ。わからないなりに、一生懸命だしな」
「それならよかった」
それでも、と口を挟んだ。
「俺が知る限り、船長が特定の女をそばに置くことは、一度もなかった。――無類の女好きで有名だから、船員は誰も気づいていないがな」
ガレットの言葉に言葉が詰まった。
「……気まぐれだ。お前らが女、女、と騒ぐから。女が近くにいれば、船員たちも少しは気も引き締まるだろうと思ってな」
ガレットは、近くにある酒に手を伸ばした。
波打つまで容器に入れると、口の中へ一気に流し込んだ。
空っぽだった胃に酒が染み渡り、しだいに体が温まる。
「紅血鬼と呼ばれた冷血漢がなぁ。――だが、安心したよ」
「安心?」
眉をひそめると、ガレットが、かかかっと笑った。
「船長……ボウズが先代の船長に拾われたときは、感情も愛想もない、可愛くねぇガキだったけどよ。サラちゃんの前だと、お前、いい顔してるぜ」
「そうか? お前らと同じ扱いをしてるだけだぞ」
いくら雑用とはいえ、一時的に仲間だ。
ジンは容赦なく、男と同じ扱いをしていた。
ガレットは指を差し、そう、と頷く。
「それが、珍しいんだよ。女に見境のないお前が、素の自分を出してるんだからな」
いわれてみれば、女に冷たい言葉を向けるのは、《サラ》が初めてだった。
女に向かって《ガキ》とからかい続けるのも、初めてのことだ。
「めげずに後ろにくっついて歩く、健気なサラちゃんも可愛いけどな」
「……どうかな」
酒を注ぎ足して再び喉に流す。
まるで決められた動作をこなすかのように、2人は手の動きを止めない。
「先代船長の養子になってから、『こんなに成長したぜ』って……アイツにも見せてやりてぇな」
懐かしそうに、遠くを見つめる瞳。
その言葉に、そうだな、と呟いた。
「いまの俺は、彼のおかげで生きている」
だが、と言葉を続けた。
「それは昔の彼であって、いまの彼ではない」
意味深な言葉を放つと、ジンは手にしていた酒をテーブルに置いた。
真っ暗な夜に響き渡る、大きな雨音。
雨音をものともせずに、ジンたちは盛大な宴を開いていた。
毎日おこなわれる宴は、日を増すごとに酒の量が増えていった。
口が酒の味に慣れてしまったようで、胃が満足しないのだという。
笑い声が響く部屋の壁際で、ジンは立ちながら酒を飲んでいた。
隣には、料理をし終えたガレットが息をついていた。
「なぁ、船長」
「なんだ」
「珍しいな、女を仲間に入れるなんて」
女とは、《サラ》のこと。
ジンはごくりと喉の奥に酒を流した。
「べつに、仲間にした覚えはない。――このオーディン地帯にいるあいだの、雑用だ」
雑用兼船員の玩具。
目の保養になれば、それでいい。
それに、出会った日から《サラ》のラピスラズリ色の瞳が頭から離れない。
あの瞳をずっと見つめていたい。
熱を帯びた瞳で、もっと自分を見て欲しい。
近くに置けば、この気持ちが落ち着くかもしれない。
思いつきで雇っただけの、女。
「確かによく働いてくれるよ。わからないなりに、一生懸命だしな」
「それならよかった」
それでも、と口を挟んだ。
「俺が知る限り、船長が特定の女をそばに置くことは、一度もなかった。――無類の女好きで有名だから、船員は誰も気づいていないがな」
ガレットの言葉に言葉が詰まった。
「……気まぐれだ。お前らが女、女、と騒ぐから。女が近くにいれば、船員たちも少しは気も引き締まるだろうと思ってな」
ガレットは、近くにある酒に手を伸ばした。
波打つまで容器に入れると、口の中へ一気に流し込んだ。
空っぽだった胃に酒が染み渡り、しだいに体が温まる。
「紅血鬼と呼ばれた冷血漢がなぁ。――だが、安心したよ」
「安心?」
眉をひそめると、ガレットが、かかかっと笑った。
「船長……ボウズが先代の船長に拾われたときは、感情も愛想もない、可愛くねぇガキだったけどよ。サラちゃんの前だと、お前、いい顔してるぜ」
「そうか? お前らと同じ扱いをしてるだけだぞ」
いくら雑用とはいえ、一時的に仲間だ。
ジンは容赦なく、男と同じ扱いをしていた。
ガレットは指を差し、そう、と頷く。
「それが、珍しいんだよ。女に見境のないお前が、素の自分を出してるんだからな」
いわれてみれば、女に冷たい言葉を向けるのは、《サラ》が初めてだった。
女に向かって《ガキ》とからかい続けるのも、初めてのことだ。
「めげずに後ろにくっついて歩く、健気なサラちゃんも可愛いけどな」
「……どうかな」
酒を注ぎ足して再び喉に流す。
まるで決められた動作をこなすかのように、2人は手の動きを止めない。
「先代船長の養子になってから、『こんなに成長したぜ』って……アイツにも見せてやりてぇな」
懐かしそうに、遠くを見つめる瞳。
その言葉に、そうだな、と呟いた。
「いまの俺は、彼のおかげで生きている」
だが、と言葉を続けた。
「それは昔の彼であって、いまの彼ではない」
意味深な言葉を放つと、ジンは手にしていた酒をテーブルに置いた。
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