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第4章
第20話 ジンは船長
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「シェフ・ガレットも掃除手伝ってくださいよ」
「お前らの飯作ったから休憩中だ」
「ずりぃっスよ! シェフもせめて、テーブルを拭いてください!」
「……しゃーねぇなぁ」
手渡された布巾を受けとると、座ったままテーブルの上を拭き始めた。
そのときだった。
閉まっていたはずの扉が、ぎぃっと音をたてて開いた。
あらわれたのは、遠慮がちに中を覗く人影。
「……あのぉ」
立っていたのは、まだ幼さの残る少女だった。
茶色のマントを頭から被り、美しい瞳が部屋の中を見渡した。
ガレットはテーブルを拭く手を止めると、立ち上がって近づいた。
それに気づいた男たちは、床や窓を拭きながらも扉のほうへ瞳をうつした。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん」
ガレットがにこりと笑いかけると、少女はつられて笑顔を返した。
マントから金色の髪がこぼれて揺れ、ラピスラズリの瞳を細める姿に、男たちは息を飲んだ。
「えっと、これを届けにきたんですけど……ここにジンっていうナンパ男はいますか?」
男たちは顔を見合わせた。
「ジン……って、船長のことか」
「え、船長?」
思ってもみなかった役職に、思わず目を丸くした。
「おい、誰か船長呼んでこい」
ガレットが呼びかけると、えー、と不満の声が響く。
「いいから、呼んでこい!」
渇を入れると、文句をいいながらも1人が上の階へとのぼっていった。
ジンを呼びにいった姿をしっかりと見送ると、男たちは掃除の手を止めて、一斉に少女のもとへと近寄った。
「君、名前は?」
「おい、怖がってるじゃねぇか。ごめんな。男ばっかのとこで」
「怖がらなくて大丈夫っスよ、みんな優しいやつらばっかだし。えっと……お嬢ちゃん?」
1人の言葉に、眉をひそめた。
《お嬢ちゃん》も《ガキ》も、子ども扱いされている気がする。
「……サラ、ですわ」
少女ルーチェは、《サラ》として、いまこの場にきている。
ジンに名乗った名前と同じ、セカンドネームを口にした。
「サラちゃんかぁ、いい名前だね。ここまで1人でくるの、怖かったでしょ」
「可愛いねぇ。遊女とは違った、すれてないとこが新鮮な感じ」
「キレイな髪だね。触りたくなるくらい、ふわふわしてる」
「あ、あの……」
詰め寄る男たちに、圧倒される。
困っている様子に気がつかない男たちは、よりいっそう《サラ》に向かっていった。
「ぷにぷにの肌だなぁ。食べちまいたいな」
「なぁなぁ、オーディン地帯初めてだろ? あとで案内してやるよ」
「それよりも、船見せてやろうか」
「バカ! いま、副船長がいるだろ」
「そこをあえて、サラちゃんを連れてってやるんだよ」
「あの……え……っ?」
いきおいに圧倒されて戸惑う。
どうしたらいいのだろうか、と頭の中でぐるぐる考えていた、そのとき……。
「おい」
低い声が響き渡り、いままで騒がしかった男たちがしんと静まった。
聞き覚えのある声が耳に届き、あたりを見回した。
階段の上に、ジンの姿があった。
群がる船員を一瞥すると、中心にいる《サラ》を見て眉をひそめた。
男たちに囲まれた恐怖から、《サラ》の眉は大きく下がり、瞳には溢れんばかりの涙。
マントを握りしめている手は、かすかに震えていた。
ジンは大きくため息をついた。
「こい」
怯えるルーチェを手招きすると、上の階へのぼるように促した。
ぶっきらぼうな態度に、《サラ》の心はすっと軽くなった。
「……命令、しないでほしいわ」
《サラ》の言葉に、ジンは口の端を吊り上げた。
「いいんだぜ。そのまま、そいつらの餌になってても」
「ぐ……っ!」
それはどうしても嫌だ。
《サラ》は仕方なく、ジンが手招くほうへと歩き出した。
「あれ、いっちゃうの?」
「また遊ぼうね、サラちゃん」
ぱたぱたと足を鳴らしながら、ジンのもとまで急いだ。
ジンのもとへたどり着くと、大きな背中から離れないように、ジンの後ろをついていく。
その様子を見ていた船員たちは、物珍しそうに瞳を大きく瞬かせた。
「お前らの飯作ったから休憩中だ」
「ずりぃっスよ! シェフもせめて、テーブルを拭いてください!」
「……しゃーねぇなぁ」
手渡された布巾を受けとると、座ったままテーブルの上を拭き始めた。
そのときだった。
閉まっていたはずの扉が、ぎぃっと音をたてて開いた。
あらわれたのは、遠慮がちに中を覗く人影。
「……あのぉ」
立っていたのは、まだ幼さの残る少女だった。
茶色のマントを頭から被り、美しい瞳が部屋の中を見渡した。
ガレットはテーブルを拭く手を止めると、立ち上がって近づいた。
それに気づいた男たちは、床や窓を拭きながらも扉のほうへ瞳をうつした。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん」
ガレットがにこりと笑いかけると、少女はつられて笑顔を返した。
マントから金色の髪がこぼれて揺れ、ラピスラズリの瞳を細める姿に、男たちは息を飲んだ。
「えっと、これを届けにきたんですけど……ここにジンっていうナンパ男はいますか?」
男たちは顔を見合わせた。
「ジン……って、船長のことか」
「え、船長?」
思ってもみなかった役職に、思わず目を丸くした。
「おい、誰か船長呼んでこい」
ガレットが呼びかけると、えー、と不満の声が響く。
「いいから、呼んでこい!」
渇を入れると、文句をいいながらも1人が上の階へとのぼっていった。
ジンを呼びにいった姿をしっかりと見送ると、男たちは掃除の手を止めて、一斉に少女のもとへと近寄った。
「君、名前は?」
「おい、怖がってるじゃねぇか。ごめんな。男ばっかのとこで」
「怖がらなくて大丈夫っスよ、みんな優しいやつらばっかだし。えっと……お嬢ちゃん?」
1人の言葉に、眉をひそめた。
《お嬢ちゃん》も《ガキ》も、子ども扱いされている気がする。
「……サラ、ですわ」
少女ルーチェは、《サラ》として、いまこの場にきている。
ジンに名乗った名前と同じ、セカンドネームを口にした。
「サラちゃんかぁ、いい名前だね。ここまで1人でくるの、怖かったでしょ」
「可愛いねぇ。遊女とは違った、すれてないとこが新鮮な感じ」
「キレイな髪だね。触りたくなるくらい、ふわふわしてる」
「あ、あの……」
詰め寄る男たちに、圧倒される。
困っている様子に気がつかない男たちは、よりいっそう《サラ》に向かっていった。
「ぷにぷにの肌だなぁ。食べちまいたいな」
「なぁなぁ、オーディン地帯初めてだろ? あとで案内してやるよ」
「それよりも、船見せてやろうか」
「バカ! いま、副船長がいるだろ」
「そこをあえて、サラちゃんを連れてってやるんだよ」
「あの……え……っ?」
いきおいに圧倒されて戸惑う。
どうしたらいいのだろうか、と頭の中でぐるぐる考えていた、そのとき……。
「おい」
低い声が響き渡り、いままで騒がしかった男たちがしんと静まった。
聞き覚えのある声が耳に届き、あたりを見回した。
階段の上に、ジンの姿があった。
群がる船員を一瞥すると、中心にいる《サラ》を見て眉をひそめた。
男たちに囲まれた恐怖から、《サラ》の眉は大きく下がり、瞳には溢れんばかりの涙。
マントを握りしめている手は、かすかに震えていた。
ジンは大きくため息をついた。
「こい」
怯えるルーチェを手招きすると、上の階へのぼるように促した。
ぶっきらぼうな態度に、《サラ》の心はすっと軽くなった。
「……命令、しないでほしいわ」
《サラ》の言葉に、ジンは口の端を吊り上げた。
「いいんだぜ。そのまま、そいつらの餌になってても」
「ぐ……っ!」
それはどうしても嫌だ。
《サラ》は仕方なく、ジンが手招くほうへと歩き出した。
「あれ、いっちゃうの?」
「また遊ぼうね、サラちゃん」
ぱたぱたと足を鳴らしながら、ジンのもとまで急いだ。
ジンのもとへたどり着くと、大きな背中から離れないように、ジンの後ろをついていく。
その様子を見ていた船員たちは、物珍しそうに瞳を大きく瞬かせた。
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