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その男、ストーカーにつき
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◇◇
それから数日が経ったある日のこと。
アメリアは、アマンダを連れてずらっと出店が並ぶ路地を物色していた。
昨日、遠くの地で仕事に励んでいる兄・ノアから手紙が届いたのだ。
アメリアを溺愛する少し変わった兄は、いつものように長々と妹に会えない辛さを嘆いていたが、すぐに返事を返さなければ次に会った時に引っ付いて離れなくなるだろうことが容易に想像できた。
(便箋が少なくなっていたし、お出掛けしたかったからちょうどよかったわ)
目立たないように下を向いて歩くアメリアは、ここ暫く会っていない兄を思い出してくすっと笑う。
(元気にしているかしら)
多忙のせいか、妹不足のせいか、最後に会ったときは少し窶れていたからそこだけが心配だった。
だけど妹のことになると残念になるだけで、ああ見えて頭は切れるし、要領は良いからきっと大丈夫だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、とあるお店の前でアメリアが足を止める。
「お嬢さん、何をお探しで?」
ぱたと足を止めたアメリアに声をかけたのは、雑貨が並ぶお店の店長だ。
指輪やネックレスといったアクセサリーから、便箋やペン、栞といったものまで綺麗に陳列されている。
あっちに行けなんて、言われなくてよかった。
そうアメリアは内心ほっとしながら口を開く。
「便箋を探してるんです」
「それなら沢山用意があるよ」
気前のいい店主が、後ろの荷物から両手いっぱいの便箋を出してくれた。
見ているだけでワクワクしてしまって、どれがいいかなって悩んでいるうちに時間はあっという間に過ぎてしまいそう。
うーんと吟味しながら唸っていれば、先を急いでいたのか、小走りした粗暴な男にぶつかられてしまう。
「お嬢様……!」
小柄なアメリアはその勢いによろめくも、咄嗟に助けに入ったアマンダのお陰で転ぶことはなかった。
「もう、危ないわね」
「時々いるんだよ、ああいう奴」
アマンダと店主が背後で憤慨しているのを聞きながら、アメリアは立ち尽くす。
何の謝罪もなく、こちらを見向きもせずに立ち去っていく後ろ姿を見つめていると、濃紺のコートを着た男が風のようにアメリアの横を駆けていく。
――あ。
いつもの無表情を貼り付けた横顔。
彼が誰かを認識すると、一気に鼓動が速くなった。
行き交う人々を押しのけて逃げる男。
ひらりと身軽に交わしながら追いかけるルーカス。
普段から鍛えているであろう騎士の実力は本物で、あっという間に追いついてしまった。
ルーカスの後を追いかけてきた部下に引き渡すと、彼はその場に居合わせた人たちの賞賛を浴びた。
「街の平和のためにいつもご苦労さまです」
「流石ルーカス様よね」
口を一文字に結んだルーカスはそれに答えることもせず、アメリアの元にやってきた。
(どうしてこちらに……?)
困惑するアメリアは、迫ってくるルーカスから逃げ出してしまいたい気持ちと葛藤する。
「アメリア様、こちらを」
「あ、ありがとうございます」
男はスリだったのだ。
ぶつかった際にアメリアが身につけていたブローチを盗んでいたらしい。
目の前に跪いて恭しく差し出されたブローチを見て、驚くと同時にほっと息を吐くアメリア。
彼女からのお礼に口角を上げたルーカス。
柔らかい微笑みにアメリアはドキドキしながら会話を続けた。
「この頃、よくお会いしますね」
「最近いつも貴女のことばかり考えているので、自然と足が向いているのかもしれません。不快にさせてしまったらすみません」
「……?」
社交辞令でもなんでもない、ただの事実である。
だが、彼がストーカーであることを知らないアメリアは言葉の意味を理解できず、首を振った。
「騎士様に守っていただけるなんて、喜ぶ方はいても嫌がる方はいませんよ」
「アメリア様も?」
小さく頷けば、ルーカスは嬉しそうに破顔した。上機嫌になった彼は会釈をすると、そのまま男を連行する部下の元に戻ってしまった。
アメリアは頬を紅潮させて、心のざわめきを鎮めようと必死になった。
もう会わないと願ったはずなのに、街に来たら必ずと言っていいほど彼に出会してしまうのだ。これまでそんなことはなかったのに……。
ルーカスに助けられた日から、彼が気になるせいで視界に入るようになってしまっているのかもしれない。
(もしかしたら、これまでもお見かけしていたのかもしれないわ……)
でも、それなら令嬢たちが騒いでいるから気がつくはずなのだけれど。
アメリアは彼女には決して解けない簡単な謎についてうーんと考え、首を傾げるばかりだった。
それから数日が経ったある日のこと。
アメリアは、アマンダを連れてずらっと出店が並ぶ路地を物色していた。
昨日、遠くの地で仕事に励んでいる兄・ノアから手紙が届いたのだ。
アメリアを溺愛する少し変わった兄は、いつものように長々と妹に会えない辛さを嘆いていたが、すぐに返事を返さなければ次に会った時に引っ付いて離れなくなるだろうことが容易に想像できた。
(便箋が少なくなっていたし、お出掛けしたかったからちょうどよかったわ)
目立たないように下を向いて歩くアメリアは、ここ暫く会っていない兄を思い出してくすっと笑う。
(元気にしているかしら)
多忙のせいか、妹不足のせいか、最後に会ったときは少し窶れていたからそこだけが心配だった。
だけど妹のことになると残念になるだけで、ああ見えて頭は切れるし、要領は良いからきっと大丈夫だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、とあるお店の前でアメリアが足を止める。
「お嬢さん、何をお探しで?」
ぱたと足を止めたアメリアに声をかけたのは、雑貨が並ぶお店の店長だ。
指輪やネックレスといったアクセサリーから、便箋やペン、栞といったものまで綺麗に陳列されている。
あっちに行けなんて、言われなくてよかった。
そうアメリアは内心ほっとしながら口を開く。
「便箋を探してるんです」
「それなら沢山用意があるよ」
気前のいい店主が、後ろの荷物から両手いっぱいの便箋を出してくれた。
見ているだけでワクワクしてしまって、どれがいいかなって悩んでいるうちに時間はあっという間に過ぎてしまいそう。
うーんと吟味しながら唸っていれば、先を急いでいたのか、小走りした粗暴な男にぶつかられてしまう。
「お嬢様……!」
小柄なアメリアはその勢いによろめくも、咄嗟に助けに入ったアマンダのお陰で転ぶことはなかった。
「もう、危ないわね」
「時々いるんだよ、ああいう奴」
アマンダと店主が背後で憤慨しているのを聞きながら、アメリアは立ち尽くす。
何の謝罪もなく、こちらを見向きもせずに立ち去っていく後ろ姿を見つめていると、濃紺のコートを着た男が風のようにアメリアの横を駆けていく。
――あ。
いつもの無表情を貼り付けた横顔。
彼が誰かを認識すると、一気に鼓動が速くなった。
行き交う人々を押しのけて逃げる男。
ひらりと身軽に交わしながら追いかけるルーカス。
普段から鍛えているであろう騎士の実力は本物で、あっという間に追いついてしまった。
ルーカスの後を追いかけてきた部下に引き渡すと、彼はその場に居合わせた人たちの賞賛を浴びた。
「街の平和のためにいつもご苦労さまです」
「流石ルーカス様よね」
口を一文字に結んだルーカスはそれに答えることもせず、アメリアの元にやってきた。
(どうしてこちらに……?)
困惑するアメリアは、迫ってくるルーカスから逃げ出してしまいたい気持ちと葛藤する。
「アメリア様、こちらを」
「あ、ありがとうございます」
男はスリだったのだ。
ぶつかった際にアメリアが身につけていたブローチを盗んでいたらしい。
目の前に跪いて恭しく差し出されたブローチを見て、驚くと同時にほっと息を吐くアメリア。
彼女からのお礼に口角を上げたルーカス。
柔らかい微笑みにアメリアはドキドキしながら会話を続けた。
「この頃、よくお会いしますね」
「最近いつも貴女のことばかり考えているので、自然と足が向いているのかもしれません。不快にさせてしまったらすみません」
「……?」
社交辞令でもなんでもない、ただの事実である。
だが、彼がストーカーであることを知らないアメリアは言葉の意味を理解できず、首を振った。
「騎士様に守っていただけるなんて、喜ぶ方はいても嫌がる方はいませんよ」
「アメリア様も?」
小さく頷けば、ルーカスは嬉しそうに破顔した。上機嫌になった彼は会釈をすると、そのまま男を連行する部下の元に戻ってしまった。
アメリアは頬を紅潮させて、心のざわめきを鎮めようと必死になった。
もう会わないと願ったはずなのに、街に来たら必ずと言っていいほど彼に出会してしまうのだ。これまでそんなことはなかったのに……。
ルーカスに助けられた日から、彼が気になるせいで視界に入るようになってしまっているのかもしれない。
(もしかしたら、これまでもお見かけしていたのかもしれないわ……)
でも、それなら令嬢たちが騒いでいるから気がつくはずなのだけれど。
アメリアは彼女には決して解けない簡単な謎についてうーんと考え、首を傾げるばかりだった。
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