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桜の君は一番星
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しおりを挟む夏が近づいて気温が上がってきたから、飴玉が溶けないように宝物を集めたガラス瓶は棚から冷蔵庫の中にお引越しした。
冷蔵庫を開ける度にかわいらしいパッケージのそれが目に入って、先輩を思い出すと同時にきゅんと胸が鳴いた。
ある日のこと、授業開始のチャイムが鳴るより早く先輩が姿を現した。珍しいこともあるものだと思っていたら、既に席を陣取っていた彼の友だちがすぐに気づいて声をかける。
「えー、珍しい!」
「涼が遅刻しないこともあるんだね」
「槍でも降るかな」
調子に乗って茶化す彼らを一瞥した先輩は、うるさいなと不機嫌な表情を隠そうともしない。
一瞬立ち止まった後、そのまま横を通り過ぎた先輩はすたすたと迷いなく足を進める。それを見て焦った彼らは慌てて謝罪の言葉を口にした。
「涼、ごめんって」
「そんなマジにならないでよ」
「お前ら、ちょっと黙れよ」
ぴたりと足を止めた先輩が、最後方から彼らを見下ろす。淡々とそう言う姿は誰ひとりとして逆らうことを許さない圧倒的強者の佇まいで、誰よりも美しかった。
何も言えなくなって黙り込むのを認めた先輩は、はぁと息を吐いてまた足を動かし始める。ただの教室なのに、彼の足元にはレッドカーペットが敷かれているように見えた。
(え……?)
少しずつ足音が近づいてくる。
そんなまさか、そう言い聞かせるのにドキドキはどんどん大きくなる。
足音が止まって、人の気配がすぐ近くに。
無視することもできなくて隣を見上げれば、不機嫌な表情は消し去って、穏やかな瞳で僕を見つめる先輩が立っていた。
「隣、いい?」
「え、あ、ど、どうぞ」
思わぬ申し出に脳みそがバグを起こす。
あまりの緊張に吃りながら返答すれば、彼は安堵するように眉を下げた。
別に隣の席まで広がるように散らかしていたわけじゃないけれど、用意していたルーズリーフや筆記用具をサッとまとめた。
年季の入った折りたたみ式の椅子がギイと音を立てる。そこに腰掛けた先輩との距離の近さに緊張して右半身が硬直した。
彼が動く度に桜の香りが仄かに漂って、危うく息を止めそうになった。
落ち着かない。後ろにいるだけでプレッシャーを感じていたのに。隣の席なんて、手を伸ばしたら触れることのできる距離にいるなんて、キャパオーバーするしかないだろう。
嗚呼、どうかこの心臓の音が先輩に聞こえていませんように。そう願っていれば、不意に彼が口を開いた。
「あのさ、」
「は、はい」
ぴしりと背筋が伸びる。
俯いていた顔を上げて恐る恐る隣を見れば、ガチガチに緊張している僕を見つめている先輩。
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