ゆらゆら

新羽梅衣

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桜の君は一番星

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 木曜日が待ち遠しくて、カレンダーとにらめっこする時間が増えた気がする。

 大講義室の窓側、後ろから二列目の席。
 そこが僕の定位置になりつつあった。

 ここからだと、遅れてやってくる先輩がよく見える。最早授業を受けることよりも、先輩の存在に意識を傾けることの方が多くなっていた。

 同じ空間にいるはずなのに、こんなにも遠い。
 相変わらず先輩のSNSを見つめては、更新される写真にため息を零すばかりの毎日だった。

 ◇◇
 
 大学に入って初めての連休、ゴールデンウィークが終わってしまって憂鬱そうな周りとは対照的に、僕は足取り軽く大学に向かっていた。

 なぜなら今日は木曜日。
 週に一度の幸せが降ってくる日。

 連休明け一発目だ、今日はさすがに休みかもしれない。そんなことを考えながら大人しく席に座っていた。

 僕の予想通り、授業開始のチャイムが鳴っても彼は姿を見せなくて、やっぱり休みかと気分が沈んでしまう。

 授業が始まって二十分と少しが過ぎた頃、錆び付いた音を響かせながらドアが開いた。

 入ってきたのは、桜の君。
 白金の髪が煌めいて、一気に視線を奪う。

 そういえば、いつも近くに座っているメンバーは休み明けだからか誰一人として来ていなかった。ぐるりと後方を見回した先輩は、無表情にそれを確認すると階段を上り始めた。

 あの席に座ってくれたら、周りがいない分、いつもより見やすいのにな。
 そんなことを考えながら、教科書をペラペラと捲っていれば、すぐ後ろでギィィという椅子を下げる音。

 ……え。
 まさか、と思うけれど、他に誰も入室していないし、席を移動した気配なんてない。

 僕の背後にいるのは、桜の君で間違いない。
 それが分かった瞬間、背中がじりじりと燃えるように熱くなって、心臓が猛スピードで動き出した。

 何も考えられない。頭の中は大パニック。
 いざ近くにいられると、感情が追いつかなくてドキドキが止まらない。

 それなのに、何故かこのタイミングで教授がプリントを配り始める。授業が始まったときに配ればよかったのに、と若干恨めしく思ってしまう。

 前の席から手渡されたプリントを確認して、う……と手が震えた。

 最悪だ、一枚しかない。
 それが分かった瞬間、後ろの反応なんて確認することもせず、バッと勢いで空いたスペースに置かせてもらった。

 僕のは授業が終わってからでいいや。
 教室中の注目を浴びながらプリントをもらいに行くのは気が引ける。

 どうせ今日は教授の声なんて入ってこない。
 そんな失礼なことを考えていれば、トントンと肩を叩かれる。

 びくりと大袈裟なまでに反応して、ギギギと壊れかけのロボットのようにぎこちなく振り返れば、桜の君が無表情に僕を見つめていた。

 透き通った瞳に自分の姿が反射しているのが見えて、不思議な気持ちになる。


 「プリント」
 「え?」
 「足りてないんだろ、俺はいいから」


 そう言って差し出されたプリントを受け取ることなんてできなくて、僕は首を横にぶんぶんと振った。


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