ゆらゆら

新羽梅衣

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桜の君は一番星

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 僕はその日、何よりも煌めく一番星を見つけた――。

 毎日のようにSNSにはありとあらゆる情報が溢れかえっていて、流行りが変わりゆくのもあっという間。

 ついこの間までみんなが話題にあげていたものは、知らぬ間に過去のものになってしまう。

 内気で、世間の流行りに疎い僕が周囲の会話に馴染めるようにと始めたSNS。

 東雲律というアイドルがツアーをするだとか、JTOというオーディション番組が話題を集めた歴代参加者を集めてファイナルオーディションを開催するだとか、今日もネットの海は賑やか、話題に満ち溢れている。

 適当にぽちぽちとおすすめを押し続け、ゆらゆらと情報の海を漂っていれば、自覚のないままに時間が経っている。

 趣味とは言えない、言いたくない。別に面白いとか気に入っているアカウントがあるとかそういうのじゃない。最早それは義務のようなものだった。

 高校三年生の春、受験生の年になってもそれは変わらなかった。勉強の合間に流行の勉強。いったい僕は何のために学校に行っているのだろう。

 影が薄いくせに、いる意味なんてないんじゃないのと思う。

 だけどSNSの中にはいろんなひとがいる。顔が綺麗なひと、絵の上手いひと、化粧品が好きなひと。みんな自分の好きなことを好きなようにアピールしていて、羨ましかった。それと同時に僕だって何かあるんじゃないかって、そんな浅はかな期待を持つようになった。

 何かひとつでいいから、特別になりたい。
 持たざる者の願いはそれだけだった。

 眠りにつく前、ベッドに横になりながらいつものようにスマホをいじってネットの海を漂っていた。

 とろんとした寝ぼけ眼で、半ば夢心地。今すぐにでも寝られそうなのに、指は止められない。

 ぽちぽち、ぽち、……ぽち。
 だんだん次の画像に行くのが遅くなっていく。

 次で最後にして、今日はもう寝よう。
 そう思ってスクロールすると、ピンク色の画面が目に入った。

 桜……?
 ぼんやりとした意識の中で、僕は画面をじいっと見つめた。その刹那、途端に意識が覚醒して目をかっと見開いた。

 桜の木に凭れかかり、淡い色をした空を無表情に見上げる男。
 太陽に照らされた、肩まである白金の髪が風に攫われそう。

 桜の妖精かと見紛うほど、浮世離れした姿。
 予告無く現れた一番星のように輝いて見える。
 その光景はあまりにも美しくて、眠気なんてどこかに消え去った。

 今までだって、何千枚、何万枚と写真を見てきたのに。こんなに夢中になって、目を奪われた経験なんてない。

 もっと見たい。
 彼のことがもっと知りたい。
 初めての感情に突き動かされて、震える指でプロフィール画面に飛んだ。

 アカウント名は桜の絵文字。
 プロフィールには、誕生日と大学の名前。
 フォロワー数、十万超え。

 こんなに綺麗なひとなんだ。
 そりゃあ、有名に決まっている。
 テレビの中の芸能人と何ら変わりはない。
 
 天にまで届くほど、高い高い壁がそびえ立っているみたい。遡って過去の写真を見ていけば、その高さはどんどん増していく。

 それなのに、ずっと見ていられる。
 時間も寝ないといけないことも忘れて、僕は夢中になった。

 名前さえわからない。
 ヒントは南大学に通う、七夕に生まれた大学一年生。

 もっと知りたい。
 直接会って、お星さまみたいに綺麗な瞳を覗きたい。

 ……僕も南大学に行けば、このひとに出会えるだろうか。そんな邪な考えが思い浮かぶ。

 今の志望校よりもランクはひとつ上だけど、頑張れば不可能はない。そう信じた僕は志望校をあっさりと変えた。一時の感情に過ぎないのかもしれないのに、そのときの僕はそれが名案だと信じてやまなかった。

 まだすべての写真を見れていないのに、ゆるやかな眠気が再び襲ってきた。
 
 少しの間、指を空にさ迷わせて悩んだ末、僕は結局フォローボタンを押した。
 
 十万を超えるひとが彼の魅力を知っている。
 その中のひとりになったことが、何故か少し寂しくて、苦しかった。


 時刻は午前三時。
 僕は桜咲く一番星の虜になった。

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