17 / 36
新しい風
2
しおりを挟むなんだか気まずい空気の漂う僕らを安全運転で送り届けた楠木さんは悠々と走り去っていく。この空気にした張本人のくせに、全く気にも留めていない去り際のいい笑顔が脳裏にこびりついている。
あの人、僕らの関係を面白がっている節がある。今回だって、絶対にそう。楠木さんに頭が上がらない僕は文句ひとつ言うことすらできないのだけど。
そして黙り込んだ律に手を引かれた僕は、導かれるがままにソファに腰掛けた。
「……言い訳に聞こえるかもしれないけど、近いうちに話そうとは思ってた」
「うん」
「一年以上前から声をかけられてて、最近やっと話がまとまったんだ」
「それがファッションショーのお仕事?」
「そう、夏にフランスで開催されるやつ」
どんな仕事が決まったかなんて、守秘義務があるから言えなくて当たり前なのに。黙っていたことを申し訳なく思う必要なんてないのに。
いつだって律は誠実だ。そういうところが好きだなあと思う。
ランウェイを堂々と歩く律の姿を想像しただけでたまらなくなる。
神様が産んだ生きる光源。彼が瞬きをする度に煌めきの音が聴こえるし、あまりにも眩しくて未だに目が慣れないほど。世界中が更に東雲律に夢中になることを予言できる。
腕のいいカメラマンが勢揃いするだろうし、写真にも期待できる。ネットニュースは国内外問わず全てチェックしなきゃ。
「はぁ、またそんな目キラキラさせて……」
「だってすごいじゃん! めちゃくちゃ楽しみにしてる!」
「……紡さ、スーツケースの中に入れたりしない?」
「え?」
純粋に喜んでいれば、どろりと濁った瞳が恨めしげに見つめてくる。何を言われたのか理解が追いつかなくて、意味の無い音が口から零れた。
「一週間も離ればなれとか無理だよ。紡も連れて行きたい」
「いや、普通に捕まるでしょ」
「じゃあ、ついてきてくれる?」
「無理、ランウェイ歩く律を生で見たら即死する自信しかない」
「ほら、またいつものじゃん。楠木さんも紡は置いていくとか酷いこと言うし……」
真顔で何の躊躇いもなく淡々と話す姿を彼のファンが見たらどう思うのだろう。もう手遅れだと匙を投げるだろうか。
珍しく仄暗いオーラを纏った彼からぶつぶつと放たれる文句が止まらない。
「俺ばっかり離れがたくなってる。最初からそうだったけど」
「律、」
「紡からの愛が足りない……」
「わかった、わかったから!」
態とらしい嘆きを止めようと、少し冷たい彼の手を握った。お前は何を与えてくれるんだと伺っているのが伝わってくる。
「ファッションショーが無事に終わったら……、」
「終わったら?」
「…………一緒に、住んでいい?」
「ッ!」
その期待に答えられるか分からないし、律の反応を見るのが怖くて俯きながら言えば、一拍置いた後手を引かれて力強く抱きしめられた。
1
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~
銀タ篇
BL
ちょっと意地悪なスパダリ攻め×やんちゃ受け
◎愛重めの攻めと、強がりやんちゃ受けの二人が幾多の苦難を経て本当の幸せを掴み取る、なんちゃって仙侠ファンタジー。
◎本編完結済。番外編を不定期公開中。
ひょんなことから門派を追放されてしまった若き掌門の煬鳳(ヤンフォン)はご近所門派の青年、凰黎(ホワンリィ)に助けられたことで、あれよという間にライバル同士の関係から相思相愛に発展。
しかし二人きりの甘い日々は長く続かず、少々厄介な問題を解決するために二人は旅に出ることに。
※ルビが多いので文字数表示が増えてますがルビなしだと本編全部で67万字くらいになります。
※短編二つ「門派を追放されたらライバルに溺愛されました。」を加筆修正して、続編を追加したものです。
※短編段階で既に恋人同士になるので、その後は頻繁にイチャこらします。喧嘩はしません。
※にわかのなんちゃって仙侠もどきなので、なにとぞなにとぞ笑って許してください。
※謎と伏線は意図して残すもの以外ほぼ回収します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる