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悪戯な皐月

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 足音が近づいてくる。誰だろうなんて思わずとも、僕にはその人の正体が分かった。


 「紡」


 律は静かな声で名前を呼ぶと、その場にしゃがみこんで僕を労うように優しく抱きしめた。その温もりに強ばっていた肩の力が抜けてほっとする。

 収録が終わったばかりの人前だということも忘れて、肩にぐりぐりと額を埋めて訴える。だってもうカメラも止まってるし。客席には机があるから多分見えてない。


 「……悔しい」
 「ん」
 「何で僕なの」
 「紡しかいないから」
 「…………ずるい」


 一問も他の人に譲る気はなかったのに。
 その答えがまさか自分だなんてありえない。僕以外がさも当然だという顔をしていたのも信じられない。

 宝物だと言ってくれた喜びよりも、悔しさが勝る。律の全てを今回だけは独占したかった。
 
 だけど、国民的彼氏と称されるスーパーアイドル様は拗ねた最愛を甘やかすことを厭わない。


 「どうやったら機嫌直してくれる?」


 頭を撫でながら、誰にも聞かれないように耳元で囁かれる。顔を上げて、彼の瞳をじいっと見つめれば何でも許された気になってしまう。


 「……今日は律の家、泊まる」
 「え、」
 「だから……、寝てる間ぎゅってしてて」
 「…………寝れなくなってもいい?」
 「ばか」


 ストレートな言葉に顔を赤くしていれば、手を引かれて立ち上がる。まだ残っている観覧席のファンの方々に挨拶をした後、僕らは連れ立って控え室に戻る。

 優勝という形にはなったけれど、その内容に満足はしていない。もし次の機会があるならば、必ず全問正解してみせる。

 これまで以上に律のことをよく見ていようと決めて見上げた顔はため息が出るほど美しい。彼の隣にいるんだと改めて実感すれば、幸せが募ってなんだか泣きそうになった。


 きっと、僕は浮かれていた。
 何が待ち受けているかも知らない無知な赤ん坊は、ただ「律と一緒にいられることが嬉しい」という感情だけに支配されていた。


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