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悪戯な皐月
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しおりを挟む先程律が現れたのと同じ扉から姿を見せるのは、誰もが認める東雲律のトップオタク、紡くんだ。
律のオタクといえば紡くんだし、特に出演情報もなかったから今日は出演しないのかなあって残念に思っていたところ。
サイン会での間接的りつむぐとは違う、今回は放送にも残るし正真正銘生のりつむぐだ。まさかのサプライズに心が踊る。
興奮を隠しきれない客席からの歓声は鳴り止まない。だって、みんな会見があった日からふたりが並ぶ姿を楽しみにしていたのだ。
それなのにこんなに歓迎されているというのが伝わらないのか、紡くんは申し訳なさそうにペコペコとお辞儀をしながら歩みを進めるとセットの端っこに直立した。へにゃと眉が下がっているのが可愛かった。
嗚呼、彼の自己肯定感の低さにこっちがうずうずして歯痒い気持ちになる。だけど、紡くんに自信を与えるのは蚊帳の外の私たちではない。彼に魔法をかける、彼だけの王子さまがいるのだから。
「紡」
「…………」
驚きに染まった表情を綺麗に隠した王子さまは、悠然と紡くんの前まで足を進める。そして絶対に目を合わせようとしない紡くんの前に跪いて、その手を取った。
何なの、りつむぐ。
結婚会見の次は式でも挙げる気?
お揃いの指輪をつけ始めても、もうこっちはそんなことじゃ驚かないよ。
はあはあと呼吸が荒くなりそうなのを抑えて、息を潜める。頭に血が上って鼻血が出そうだけど、私たちは蚊帳の外、彼らの邪魔をしてはいけない。
「ねぇ、こっち見てよ」
「……むり」
頑なに視線を逸らす紡くんに結構頑固なところもあるのだと知る。そんな彼のことなんてすっかり分かりきっているのか、繋いだ指先を揺らして律は声をかけ続ける。
「俺に黙ってたのに説明もなし?」
「だって……、」
「ん?」
「髪色変えたなんて聞いてない」
声を振り絞ってそれだけ言った紡くんは、これ以上はもう耐えきれないとぎゅうっと目を瞑ってしまう。
律はそれだけのことで? と不思議そうにしているけれど、私は紡くんに同情する。
分かる、分かるよ、紡くん。
そりゃ世界で一番好きな顔面が目の前にあったら直視できないに決まってる。しかも紡くんも律が白髪になっていたことを知らなかったのなら、尚更だ。
オタクとしては紡くんが知らなかったおかげで最高のリアクションを見れたんだけど、目も合わせてもらえない律も少しかわいそうになってきた。
「ごめん、似合ってない?」
「似合ってるに決まってるだろ! 律はどんな髪色でも最高にかっこいいんだから!」
「ふふ、ありがと」
律の発言が心外だと、怒りを見せる紡くん。
さっきまで絶対に目を合わせようとしなかったのに、こういうときはちゃんと目を見て伝えるんだね。はあ、尊い。ため息が止まらない。
律もこうなることを予想していたのか、溢れる笑みを隠す気もないらしい。本当に紡くんの前だけはでろでろだな。
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