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 次の日に大学の授業がないときは、律の家へ帰る。それが僕の日常になりつつあった。バリアが張られた聖域かというぐらい、足を踏み入れるのが怖かったのに、慣れというものは恐ろしい。

 誰かと一緒に寝るなんて、神経質な僕は苦手だと思っていたのに。律の傍は信じられないほど居心地がいい。

 世界で一番綺麗な顔を心ゆくまで堪能できることに小さな優越感。律の顔を見てるだけで嫌なことも疲れも全て吹っ飛ぶのだから、推しの力はすごい。


 「紡、無理してない?」
 「平気だよ」


 白いシーツの波を共に泳いだ後、事後特有の気だるげな雰囲気を纏った律が問いかける。色気をダダ漏れにした視線に溺れてしまいそう。

 なんだか直視できなくて小さな声で答えれば、そっかと呟いた律の腕の中に捕らわれる。そのまま眠りについた律の方が疲れていて、僕よりもずっと無理をしているんじゃないかって胸が傷んだ。
 
 正直、まだ僕は夢を見ているんじゃないだろうかと思うことがある。

 東雲律に世界中のひとが恋をしている。こんなに美しいひとが僕の恋人だなんて信じられない。

 この人の存在は最早伝説だ。毎分毎秒ころころと変わる表情に同じものなんてひとつもなくて、その一瞬を切り取って永遠にしたい。四六時中一緒にいたって足りないと思う。いくら見ていても飽きないのだ。


 「紡、この扉を開けたらもう戻れないけど後悔はない?」
 「ふふ、律が隣にいてくれるなら僕は大丈夫」


 律と僕がユニット「One」を結成してデビューするという記者会見の直前、扉の前でスタンバイしていれば神妙な顔で律は僕に尋ねた。

 出会ったときからずっと強引だったのに、突然しおらしくなる律がおかしくて、緊張もどこかに行って笑ってしまった。


 「一生手放す気はないよ」


 そんな僕を見た律は安心したように微笑みを零すと、冷たくなった手を取ってきゅっと握り締めた。

 この先、何があるかは分からない。
 世界から律を奪ったと、誹謗中傷される未来も覚悟している。

 だけど、僕はまた夢を見た。
 ――律とアイドルになって、てっぺんの景色を一緒に見る。

 キラキラとドロドロが入り交じった世界で、そんな夢を抱いたんだ。

 だから、これから待ち受ける未来を全て受け止めて、ちゃんと自分の足で立ってみせる。律に頼ってばかりじゃいられない。

 歌はちょっぴり自信があるけれど、ダンスはまだまだ発展途上。そんな新人アイドル一年生の吉良紡は、桜の季節に誕生した。


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