トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣

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 あの日、俺は絶望を知った。元の孤独な部屋に戻ってしまった部屋。温もりなんて、感じられない。この街から陽がいなくなったと、本能が言っている。

 だけど、その事実をなかなか受け入れられなくて、微かに残るフェロモンが唯一の精神安定剤だった。


 「sui、出る時間だぞ」


 眠れないまま一夜を越えて、気づいたら望まない朝が訪れていた。最近ますます疎ましくなった茨木の声が、今日は更に俺を苛立たせる。


 「…………」
 「いつまで、そうしているんだ。早くしろ」
 「……やめた」


 ぽつりと零れ落ちた言葉に、そうだと自分で頷く。こんな仕事、辞めたっていい。他人に干渉されて、自分の時間もろくに取れない。

 ……行かなきゃ。何百万人の笑顔よりも、俺は陽の笑顔が大切だから。元々、アイドルなんて向いていなかったんだ。仕事なんかより、俺は独りでいるはずの陽を迎えに行かないといけない。


 「何を言っているんだ。今日もスケジュールが詰まっているんだぞ」
 「仕事なんて、してる場合じゃない」
 「はあ?」
 「陽を探しに行かないと」


 俺がその名を出した途端、茨木の眉がぴくりと動いた。


 「探しにって、そんな時間があるわけないだろう。どうせ自分の家にでも帰ったんだ。そんなに心配するようなことじゃない。まだ大学生なんだから、束縛ばかりだと嫌われるぞ」
 「……お前さ、陽に何か言った?」
 「え?」
 「俺、陽のこと話したっけ? 大学生だって、いつ知ったの?」
 「っ、」


 滲み出る威圧のフェロモンが増していく。たかがこれしきのフェロモンで屈するような低ランクのくせに、偉そうにアルファ面してるんじゃねーよ。

 ベータだからこそ、俺の傍にいることにどれだけ陽が葛藤していたかも知らず、勝手に土足で踏み荒らしやがって。


 「はぁ……、で?」
 「…………」
 「黙られても何も分かんないんだけど。陽をどこにやったの?」
 「……知りません。とにかく、そんなことより今は仕事に向かわないと」
 「そんなこと?」


 へぇ、まだしらばっくれるつもりなんだ。やっぱりお前には、ずっと「sui」っていう商品しか見えてなかったんだね。

 陽よりも大切なものなんてあるはずがないのに、馬鹿な茨木に呆れて鼻で笑ってしまう。


 「もういいよ、お前。クビね」
 「は、」
 「さよならって言ってんだよ。俺に嘘つくようなマネージャー、いらないから」
 「ちが、俺はsuiを思って、」
 「俺を思って、陽に何か吹き込んだんだ? ただのマネージャーのくせに、何様のつもり?」


 昔から横柄な態度を取る人だと思っていたけれど、今回ばかりは許容範囲を超えている。流石にマズいと焦ったのか、青ざめた顔で反論してくるけれど、もう遅い。

 お前が何を言い訳しようが、陽の受けた傷は消えないし、俺の悲しみは拭えない。失った信頼なんて、取り戻せないんだよ。


 「最後にひとつだけ教えてよ」
 「…………」
 「陽は、どこ?」


 最後だからと美しく微笑んでみせたのに、茨木の顔に滲むのは明確な恐怖だけだった。

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