44 / 53
拠り所
2
しおりを挟む
「さてさて、春崎さんはと……。ふむ、なるほど」
内科の先生が書いた書類を見て頷いた先生は、椅子に腰掛けるよう、僕に言った。
「春崎さんは、十四歳と十七歳の時にバース診断を受けられていますよね?」
「はい」
「では、その精度がどれだけ高いか、ご存知ですか?」
「確か、九十九パーセント?」
「そうです。医療の進歩もあって、皆さんが学生時代に受けられる診断結果にほとんど間違いはありません」
この国では、二度のバース診断が義務付けられている。一回目で出た結果からほとんど変わることはないが、念には念をとのことで二回診断すべきとされている。
そう、だから僕はずっとベータと言い張ってきたのだ。どこにでもいる、平凡で面白味のないただのベータ。それが僕の第二の性だった。
これまでも、これからも変わることはない。だからこそ、僕は一生に一度の恋を捨てた。
アルファとベータ。トップアイドルと一般人。格差しかない恋愛なんて、未来がないから。
「少し項を見てもいいですか?」
「はい……」
くるりと椅子を回転させて、先生に背を向ける。少しよれたTシャツの首元を掴んで、そこを露わにされた瞬間、嫌悪感に包まれる。僕が項を見せるべきはこの人じゃないだろ。そう、呼吸を荒くする僕にすぐに気づいた先生はパッと手を離した。
「これはまた珍しい……」
そんな独り言をこぼす先生が椅子を戻して、再び先生と向き合う形になる。
「結論から言いますね」
「はい」
「春崎さん、貴方はベータからオメガにバース転換されています」
「え……」
開いた口が塞がらない。混乱を極めた頭の中はぐちゃぐちゃで、これは夢なんじゃないかと思ってしまう。
だって、こんなのって……。嘘だ、そんなわけがない。だって、ずっと、ベータとして生きてきたんだ。今更オメガだって言われて、はいそうですかってすぐに受け入れられるわけがない。
「ごく稀にあるんです。強いアルファ性を持つ者は、番いたいと思った相手をオメガ性にする力があると、最近の研究結果で分かりました」
「…………」
「だから、春崎さん、貴方はちゃんとお相手から愛されているんですよ」
「……ッ、」
嗚咽が漏れる。ぼろぼろと溢れる涙が床を濡らしていく。
先生はそう言うけれど、彼には運命の番がいる。先生の言う通り、たとえ彼が僕に好意を抱いていたとしても、運命には抗えない。オメガになったからといって、捨てられる運命は変わらない。
……今更、何も変わらないんだ。
絶望の淵に立たされた僕の心境を知らず、先生はティッシュを手渡しながら話を続ける。
「そして、本来の来院理由は突然の体調不良でしたね」
「…………」
「話を聞いて判断するに、体調不良の原因は妊娠ですね」
「そ、んな……」
ここに新しい生命が宿っているというのか。
薄い腹を撫でても、何も感じない。全て嘘でしたと言ってくれた方がまだ信じられる。
「俄には信じ難いですよね。自分の目で見てもらった方が早いので、こちらへお掛けください」
そう言って示されたのは、内診台。
困惑したまま、指示通りに動けばすぐにエコー検査が始まる。
「ほら、ここを見てください」
モニターに表示された、白黒の映像。
確かにそこには小さな小さな生命が存在していて、必死に生きようとしていた。
「っ、うぅ……」
「かわいいですね」
「は、い……」
涙ながらに頷く。
かわいい。愛おしい。さっきまで流した涙とは違う。心の中がほんわりとあたたかくて、優しい気持ちになる。
彼を失って、僕にはもう何も残されていないと思っていた。生きる意味も希望も失って、存在意義すら分からなくなっていた。
だけど、この子がいる。
最愛の人が最後に残してくれた、最高の宝物。
僕はこの子のためだけに、生きていく。
……生きなくちゃいけない。
親をなくす悲しみは、僕が一番理解しているから。
片親になってしまうけれど、誰よりも愛情を注いで頑張るから。
「……春崎さん、この子を産みますか?」
「ッはい、産みます。産ませてください……」
「もちろんです、一緒に頑張りましょう」
「……お願いします」
ごめんね、翠。勝手に貴方の子を産むと決めて。
でも、認知しろとは言わないから。
貴方から隠れて生きていくから、どうか許して。
僕の拠り所はもうこの子しかいないのだから。
内科の先生が書いた書類を見て頷いた先生は、椅子に腰掛けるよう、僕に言った。
「春崎さんは、十四歳と十七歳の時にバース診断を受けられていますよね?」
「はい」
「では、その精度がどれだけ高いか、ご存知ですか?」
「確か、九十九パーセント?」
「そうです。医療の進歩もあって、皆さんが学生時代に受けられる診断結果にほとんど間違いはありません」
この国では、二度のバース診断が義務付けられている。一回目で出た結果からほとんど変わることはないが、念には念をとのことで二回診断すべきとされている。
そう、だから僕はずっとベータと言い張ってきたのだ。どこにでもいる、平凡で面白味のないただのベータ。それが僕の第二の性だった。
これまでも、これからも変わることはない。だからこそ、僕は一生に一度の恋を捨てた。
アルファとベータ。トップアイドルと一般人。格差しかない恋愛なんて、未来がないから。
「少し項を見てもいいですか?」
「はい……」
くるりと椅子を回転させて、先生に背を向ける。少しよれたTシャツの首元を掴んで、そこを露わにされた瞬間、嫌悪感に包まれる。僕が項を見せるべきはこの人じゃないだろ。そう、呼吸を荒くする僕にすぐに気づいた先生はパッと手を離した。
「これはまた珍しい……」
そんな独り言をこぼす先生が椅子を戻して、再び先生と向き合う形になる。
「結論から言いますね」
「はい」
「春崎さん、貴方はベータからオメガにバース転換されています」
「え……」
開いた口が塞がらない。混乱を極めた頭の中はぐちゃぐちゃで、これは夢なんじゃないかと思ってしまう。
だって、こんなのって……。嘘だ、そんなわけがない。だって、ずっと、ベータとして生きてきたんだ。今更オメガだって言われて、はいそうですかってすぐに受け入れられるわけがない。
「ごく稀にあるんです。強いアルファ性を持つ者は、番いたいと思った相手をオメガ性にする力があると、最近の研究結果で分かりました」
「…………」
「だから、春崎さん、貴方はちゃんとお相手から愛されているんですよ」
「……ッ、」
嗚咽が漏れる。ぼろぼろと溢れる涙が床を濡らしていく。
先生はそう言うけれど、彼には運命の番がいる。先生の言う通り、たとえ彼が僕に好意を抱いていたとしても、運命には抗えない。オメガになったからといって、捨てられる運命は変わらない。
……今更、何も変わらないんだ。
絶望の淵に立たされた僕の心境を知らず、先生はティッシュを手渡しながら話を続ける。
「そして、本来の来院理由は突然の体調不良でしたね」
「…………」
「話を聞いて判断するに、体調不良の原因は妊娠ですね」
「そ、んな……」
ここに新しい生命が宿っているというのか。
薄い腹を撫でても、何も感じない。全て嘘でしたと言ってくれた方がまだ信じられる。
「俄には信じ難いですよね。自分の目で見てもらった方が早いので、こちらへお掛けください」
そう言って示されたのは、内診台。
困惑したまま、指示通りに動けばすぐにエコー検査が始まる。
「ほら、ここを見てください」
モニターに表示された、白黒の映像。
確かにそこには小さな小さな生命が存在していて、必死に生きようとしていた。
「っ、うぅ……」
「かわいいですね」
「は、い……」
涙ながらに頷く。
かわいい。愛おしい。さっきまで流した涙とは違う。心の中がほんわりとあたたかくて、優しい気持ちになる。
彼を失って、僕にはもう何も残されていないと思っていた。生きる意味も希望も失って、存在意義すら分からなくなっていた。
だけど、この子がいる。
最愛の人が最後に残してくれた、最高の宝物。
僕はこの子のためだけに、生きていく。
……生きなくちゃいけない。
親をなくす悲しみは、僕が一番理解しているから。
片親になってしまうけれど、誰よりも愛情を注いで頑張るから。
「……春崎さん、この子を産みますか?」
「ッはい、産みます。産ませてください……」
「もちろんです、一緒に頑張りましょう」
「……お願いします」
ごめんね、翠。勝手に貴方の子を産むと決めて。
でも、認知しろとは言わないから。
貴方から隠れて生きていくから、どうか許して。
僕の拠り所はもうこの子しかいないのだから。
50
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる