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天を仰ぐ

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 ☆


 「陽、こっち」


 ソファに座る翠に呼ばれて、きゅと口を噛み締める。考えていることが顔に出ないように、平然としたふりをするしかない。

 ここ最近の翠は、僕を膝の上に乗せて後ろから抱え込むことにハマっている。抱き枕とかぬいぐるみとかと同じような扱いだ。痩せてしまった貧相な身体じゃ、何も楽しくないだろうに。

 最初はもちろん断った。けれど、「嫌だ」「無理」と並べ立てているうちに翠の表情がどんどん曇っていく。おまけに縋るように見つめられると、最終的には渋々ながらも受け入れることしかできなかった。

 そうして出来上がった、新たなルール。
 翠に呼ばれたら膝の上に座ること。

 決して軽くはない体重を彼の細い足に負担させるのは気が引ける。鉛の人形のように固まった僕の項に顔を近づけ、すんと香りを嗅がれた。


 「翠……?」
 「……、……」


 背後で何を企んでいるのか、戸惑いながら名前を呼ぶと、一瞬固まった翠は何もリアクションを返すことなく、そこに口付けを落とした。


 「んっ」


 思わず漏れたのは、自分でも予想していなかった甘い声。

 自分の想像以上に敏感だったらしいそこから甘い痺れと、なんかよくわかんない変なぞわぞわがこみ上げてきて全身を巡る。熱を逃そうと荒い呼吸を吐いて、無意識に足を擦り合わせていれば、翠の手が宥めるように僕の頭を撫でた。


 「えらいえらい」
 「……?」


 その言葉の真意を測りかねて、何も言葉を返せない。後ろを振り返って見上げると、熱に浮かされて涙で潤んだ瞳を目にした翠は更に瞳をぎらつかせ、欲を滲ませた。

 戸惑いつつも抵抗しないのをいいことに、今度は大きく口を開いて僕の項に歯を突き立てる。


 「っ!?」


 じんじんと広がる痛みと熱。きっと、血だって滲んでいる。けれど、痛みの中に確かに甘い痺れは存在していて、燻る熱のやり場に困ってしまう。

 ただ理由もなく直感的に、身体を作り変えられているような感覚がした。

 どうにか溜まった熱を逃そうと、先程よりも激しくはぁはぁと熱い息を吐けば、翠に項を舐められる。その場所を執拗に攻めるのは、アルファの性だろうか。

 どうすることが正解なのか分からなくて、ただ身体を震わせてそれを享受することしかできない

 ……こんなことをしたって、意味がないのに。こんな風に痕を残したって、オメガと違って数日で消えてしまうのに。

 オメガなら誰だって、貴方の番になれるけれど。僕はただのどこにでもいるベータだから、そんな未来を夢見れない。

 それなのに、何故。
 何故、番になるための言わば神聖な儀式の真似事を僕にしようと思ったのか。アルファなら、その行動の重さを誰よりも理解しているはずなのに。

 ……翠が、分からない。

 困惑しながら痛みに潤む瞳を向けても、彼は平然としていて、それが少し怖かった。この人はアルファなのだと、思い知らされた気がした。


 「ごめんね、痛かった?」
 「…………平気」


 選択肢なんて他にない。
 そう答えるしかない僕の項を、彼がどんな瞳をしながら口付けていたかなんて、知る由もなかった。


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