7 / 70
夜の帳が下りたあと
7
しおりを挟む「忘れられてなくてよかった」
「正直、もう来ないと思ってました」
「それはごめん、でも俺のことを待っててくれたんだね」
「…………」
墓穴を掘って黙り込む僕、悪戯に微笑む彼。
期待するなと言い聞かせていたのは、傷つきたくないから。自己愛が強い弱虫のおまじない。
世界中の人が彼の虜だっていうのに、そんな人が僕だけに笑いかけている。
ふたりだけの時間、今この瞬間だけはトップアイドル・suiも僕のもの。……なんてありえないことを考えて、ないないと自嘲する。傲慢にも程がある。恨みを買って、ファンに刺されてもおかしくない。
話していると、どうして人気なのかがよく分かる。ころころ変わる表情に夢中になってしまう。惹き付けられて目が離せない。
アルファの中でも上位に君臨しているはずなのに、そんな雰囲気を微塵も感じさせない。
これまで数人のアルファに出会ったことはあるけれど彼のようにフレンドリーじゃなかったし、プライドが高くてアルファ以外の人間を見下していた。
それが普通のアルファだと思っていたから、僕は彼の特別だって錯覚してしまう。僕自身が偉くなったわけでもなんでもないのに、馬鹿だなぁ。
自分が小さく思えて嫌悪感は募るけど、彼の世界の一部になることに対する高揚感が上回る。モブキャラ以下の存在から村人Aにランクアップした気分だ。
「実は仕事が忙しくて、なかなか時間が取れなかったんだ……。今日はたまたま早く帰れてよかったよ」
CDのリリース日が迫っているから、その宣伝のために収録や撮影でスケジュールが埋まっているのだろう。少し疲れた色が滲んでいるのも頷けた。
早く帰れたと言っているけれど、既に日付は変わってしまっている。シンデレラも帰るのを諦めてしまうぐらいの時刻だ。
アイドルということに触れていいものか悩んでしまう。知ってほしかったら、suiと名乗っていただろうし。
会話を続けながらそんな悩みを抱えていれば、お昼にも聞いた店内放送が流れ始めた。あ、と声が漏れてしまって気まずい沈黙が流れる。
「…………えと、」
「…………」
うまく取り繕うことすらできなくて、ひやりと背筋が凍る。お客さんの少ない深夜でも流すと決めたコンビニ上層部を恨んだ。
「やっぱ気づいちゃうよね」
「……黙っててごめんなさい」
彼が諦めたように笑う。
胸がぎゅっと締め付けられて、そんな顔をさせた自分に腹が立った。
128
お気に入りに追加
540
あなたにおすすめの小説
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

手の届かない元恋人
深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。
元彼は人気若手俳優になっていた。
諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

僕はただの妖精だから執着しないで
ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜
役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。
お願いそっとしてて下さい。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
多分短編予定


孤独を癒して
星屑
BL
運命の番として出会った2人。
「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、
デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。
*不定期更新。
*感想などいただけると励みになります。
*完結は絶対させます!

俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる