トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣

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夜の帳が下りたあと

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 もしあの言葉が本気だったらどうしよう。
 明日、明後日はシフトが入っていない。その間に来店してしまって、飽きられてしまったら……。そう思うと、絶望で胸が張り裂けそうになった。

 相手は芸能人。期待なんてしたくない。もし叶わなかったら必要以上に傷ついて、悲しみに溺れてしまうから。

 もっと男らしく、どんと構えられるひとになりたかった。腕で顔を覆って、ないものねだりをしてしまう。全てを吐き出すように大きく息を吐いて、一番に浮かんできたものはひとつ。

 ――会いたい。
 それはあまりにもシンプルな答えだった。
 
 目と目を合わせて、香りを確かめて、そして彼に触れられたい。そんなことを考えている自分が恥ずかしいのに、その答えは変わらなかった。


 二日挟んだ次の出勤日、僕はいつもより念入りに髪をセットしてコンビニに赴いた。平凡なことを理解しているからこそ、少しでもマシな姿で彼に会いたかった。

 普段は重たい足取りも、今日ばかりはスキップでもしているかのように軽やかだった。

 淡々と決められたルーティンをこなすけれど、彼が訪れる気配はない。ただ時間ばかりが過ぎていく。

 時計を何度も確かめては、数分しか経っていない事実にため息を吐く。小さな石ころが胃の中に溜まっていくような感覚が不快だった。

 そして結局、その日suiがコンビニに来ることはなかった。

 当然だ、この国で一番売れているアイドルはそこまで暇じゃない。そう自分を慰めるけれど、心の奥はしくしくと泣いていた。

 それから二週間経ったけれど何かが起きることもなく、また平凡な毎日に元通り。あの日が特別な夜だっただけで、もともと僕が進むべき人生はこんなもんだって思ったら納得できた。

 もう期待することは諦めてしまった。半ば拗ねた子どものように、僕は夢見ることをやめてしまったのだ。

 なんとなくいつもより早く家を出て、大学に向かう前にコンビニに寄って店内を物色していれば、流れていた流行りの音楽から店内放送に切り替わる。


 「皆さんこんにちは、suiです」


 落ち着いた声が誰のものか分かった瞬間、ハッとして固まってしまう。

 前に聞いたものとは少し違う、余所行きの声。新作のお菓子に伸ばしかけた手を止めて、聞こえてくる彼の声だけに集中していた。


 「この度、記念すべき三十枚目のシングル『stargazer』が五月四日に発売することになりました。いつも応援してくださる皆さんに向けた、僕なりのラブソングです。店頭でもご予約受付中! よかったらたくさん聴いてください。以上、suiでした」


 たったの一分にも満たないあっという間の放送。けれど、suiが僕の心を奪うには十分すぎる時間だった。


 「はぁ~~」


 なんだか力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみこむ。顔が熱い。

 おかしいな、ファンになっちゃったのかも。ぐと唇を噛み締めて、僕は葛藤しながらレジに向かう。


 「すみません、suiのCDを予約したいんですけど……」


 バイト先じゃなくてよかった。
 そんなことを思いながら、知らない店員さんに向かってそう言っていた。

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