上 下
3 / 64
夜の帳が下りたあと

しおりを挟む

 彼はじいっと僕の瞳を見つめた後、渋々僕から手を離し、財布を拾って黒いカードを手渡した。

 ~♪

 カードを機械に読み込んでいると、スマホが騒ぎ出して店内を賑やかにする。不機嫌に目を細めた彼は画面を確認すると、こちらにも聞こえるほど大きなため息を吐き出して画面をタップした。


 「はい……うん、分かってる……はいはい……」


 さっき聞いた声とは全然違う、地を這うような低い声。怒っていますと声に書いてあった。

 そんな彼に気が引けながらも控えめにカードとレシートを差し出せば、小さく会釈してそれを受け取ってくれた。

 通話を繋げたまま、缶ビールを鞄にしまう姿を観察していれば、スマホを耳からぱっと離した男が僕の瞳をまっすぐに見つめて言う。


 「……また来ます」


 その言葉に何故か凍てついていた心がじんわりと溶ける。表情を弛めた僕を確認した彼はウインクを飛ばして足早に去っていく。その姿はとても様になっていて、アイドルみたいだった。

 退屈だったバイトにとんでもない嵐がやってきた。ぽかんと開いた口が塞がらない。

 まるでお星さまが落ちてきたみたいな、そんな衝撃。ホットチョコレートのように甘くて落ち着く声が耳に残っている。

 僕は目と目が合ったあの瞬間を思い出して頬を弛めながら、身体の奥からしゅわしゅわと何かが湧き上がってくるのを感じていた。

 ……うーん。
 どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ。あの甘い声だって、最近聞いたような気もする。それも一度きりじゃなくて、何度も。

 喉元まで浮かんできている気がするのに、答えはなかなか見つからなくてモヤモヤしてしまう。うんうんと考えながら、僕はゴミ出しをしに外に出た。

 どうして自分がそこまでして正解に辿りつこうとしているか分からないけれど、ただ彼が何者なのかを知っておく必要があると思った。

 慣れた作業だ。ぱっと手早く済ませて中に戻ろうとしたところで、窓にずらっと貼られたポスターが目に入った。予約受付中の文字が大きく目立つ。コンセプトも世界観も異なるアーティストたちのジャケット写真が集うこの場所は、まるで展覧会。

 そろそろ剥がさないといけないものもあるなぁと順番に目で追って、最後の一枚の前でぴたりと足が止まった。


 「……あ、」


 思わず、気の抜けた声が漏れる。
 彼は入口に最も近いそこに鎮座していた。
 思っていたよりもずっとすぐそばにいたのだ。

 ぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が綺麗に解けたような爽快感。答えが見つかってスッキリする。
 
 ヒントは目元だけ。だけどそれでも分かる。本能がこのひとだと告げている。

 あんなにバレないように変装していたのに、素顔も名前もこんなに簡単に分かってしまうのがすこしだけおかしくて、かわいいと思った。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

ゆらゆら

新羽梅衣
BL
地味で内気な高校三年生の青柳夏芽(あおやぎなつめ)は、毎晩寝る前にSNSを見るのが日課だった。それは周りの話に置いていかれないための、半ば義務のようなもの。 ある夜、いつものようにネットの海を漂っていた夏芽は一枚の写真に目を奪われる。 桜の木にもたれかかった、あまりにも美しすぎる男。それは予告無く現れた一番星のようで。夏芽は、白金の髪を靡かせた無表情な彼に一目惚れしてしまう。 アカウント名は桜の絵文字。 分かっているのは顔と誕生日、そして大学の名前。 彼に会いたいと思った夏芽は、桜の君と同じ大学に入学する。 笑わないインフルエンサーと、彼を追いかけてきた平凡な後輩。そんなふたりの焦れったいピュアラブ。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) 些細なお気持ちでも嬉しいので、感想沢山お待ちしてます。 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...