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第8章 聖教国にて
第115話 聖教国の再誕
しおりを挟む玉座の間。そこは天井から光が玉座を照らす様にスッと一筋にのびており、聖王の最も輝く場所である。その聖なる光を身に纏い、国を動かしてきたのだ。玉座は階段で高い位置に据えられ、その周りは近衛騎士団、そして、階段を精鋭たる騎士達が囲んでおり、一切の隙などない。……はずだった。
扉を開けると、玉座への階段に騎士の姿はなかった。そこに立っていたのは頭に大きな角を生やし、体の色は赤、青、緑、黒、など様々な体色を持つ者たち。
ワシは息を飲んだ。人外の者には会ったことが何度もある。この聖教国は大陸の真ん中。四方を囲む土地には様々な種族が住んでいるのだ。中でも大きな種族といえば、オーク族やオーガ族、それにドラゴニュート族達だ。彼らいずれも体長2メルオーバーの体躯に凄まじい力を誇っていた。
それがどうだ。目の前の頭に角を生やした種族はいずれもが体長3メル近いのではないだろうか。その体から発せられる攻撃ともなれば想像もつかない。
彼らの視線がワシに一斉に集まった。
ぐっ、睨み付けられるだけで体がゾクッを身震いした。直感で分かる。ワシではあの者たちに傷一つ付けることは適わないだろう。
だが、ワシは行かねばならん。それがソウ殿との約束だからだ。
震える足を押さえながら一歩ずつ歩く。そして、玉座が見え始める所までくると、その玉座を取り囲む者たちは竜の頭を持った種族だった。
明らかにドラゴニュート族ではない。ドラゴニュート族は体が半分ほど人間のようになっており、体毛の代わりに鱗で覆われている。顔も普段は人間のような顔になっており、闘う時にのみ顔も鱗で覆われるのだ。
だが、目の前の存在は頭が完全に竜そのものだ。体も見れば、完全に鱗に覆われている。
この者たちもいずれもが別格の存在だ……。体に纏う強者のオーラが備わっているのだ。恐らくだが、教国の全兵力をもってしても、一人すら倒すことは出来ないのではないだろうか。ワシの直感は間違っておるまい。
その者達の視線がワシを捕らえて離さない。いつしか背中はずっしりと重く、冷たくなっていた。
さらに歩を進めていく。そこには半ば竜の鱗に顔を覆われたソウ殿の姿があった。
「……っ、その顔は……」
「来たな! シュヴァルツヴァイン公爵よ! だが、貴様もすぐに我が家畜として飼ってやろう! 見るがいい!」
ソウ殿が足下の何かを蹴った。
「ブヒィ!」
それはヒトだった。いや、元ヒトだったのだろう。丸々と太った体には縄で体中を縛られており、あちこちが叩かれた跡なのだろう、赤く腫れ上がっていた。そして、犬がつけているような黒い首輪を引かれ、リードをソウ殿がしっかりと握っていた。
「ブヒッブヒッ」
先ほどからブヒブヒと五月蠅い男、その顔は……、聖王だったのだ。もはや、以前の見る影もなく、泣きわめくだけの憐れな男に成り下がっていた。
そして、ソウ殿の後方に、一際おおきな竜の頭部を持つ男が腕組みをして座っていた。だが、そんな所にはイスなどなかったはず。
視線を落とすと、そこには王女と宰相が四つん這いになっているのだった。その上に竜の頭部を持つ男はドシッと座り、腕組みをして構えていた。そして眉一つ動かさずワシをジッと見つめてくる。
ソウ殿が言っていたことは全て本当だったのか……。彼は王族や宰相は自分が攫ったと言っていたのだ。そして、魔界に住む魔王とも知り合いだと。魔界を攻めてくる輩を許すことは出来ない。そう言っていたのだ。
「ギャーハハハ! 愚かなる人間共よ! 聖教国は我が閻魔大王の手に落ちたのだ! 待っていろ! これから貴様等も我が閻魔大王軍が蹂躙してくれるわ! 首を洗ってまっているがいい! ギャーハハハ!!!」
天井にはいくつもの”黒い霧”がかかっており、世界各国の首脳陣が写っていた。こちらから彼らの姿が見えている、ということは、彼らからもこちらの姿が見えている、ということなのだろう。各国の首脳陣らはザワザワと狼狽えるばかりで、額に油のような玉汗を浮かべ、驚きの目でこちらを見ていた。
凄まじい魔法だ。各国を繋げて通信を取ることが出来るとは……。いかなる魔法なのか想像もつかない。ソウ殿はそれほどの存在だったのか……。
だが、ワシはソウ殿と約束をした。この茶番を終わらせ、聖教国に平和をもたらすため、ここに来たのだ。
腰に巻いていた剣を抜き放つ。
すると、剣が黄金に光り輝きだした。
ぬおっ? なんだこれは? これもソウ殿の演出というわけか!
光り輝く剣は、周りに小さな稲妻を纏い、ビリビリと音を立てる。そして、刀身自体も光が包み込んで、より大きな剣へと生まれ変わった。
今や、2メルを優に超える大剣となってワシの手中に収まるのだった。
ワシの剣は、ほぼお飾りの剣だった。それゆえ、切れ味よりも装飾を過度に施してあり、見た目だけは派手に作ってあったのだ。ワシは戦いを好まなかったため、ここ数年は剣に触ることもなかった。聖剣でも魔剣でもない、ただの剣。数打ちの量産品に、装飾しただけの剣は、今や、聖剣もかくあらんやとばかりに光り輝く。
剣先を、ソウ殿に向け立ち止まり、ワシは大声で言い放つ。
「この閻魔大王め! よくも聖王を豚に変えてくれたな! この国の大公爵たるシュヴァルツヴァインが討ち取ってくれるわ!!!」
そして、剣を上段から振り下ろす。無論、ソウ殿はそれに応え、手から真っ黒な炎を纏った剣を出し、ワシの放つ剣を受け止めた。
「ほぅ! やるではないか! 人間よ! まさか我を倒すために聖剣まで用意するとはな! だが、それだけで我を倒せると思うなよ!」
ソウ殿の持つ剣がさらに闇に包まれていき、暗黒の炎を纏い、空間を歪めるような揺らめきを放っている。
ワシの剣もより大きく光り、今や3メルを超えるほどに長くなっていた。
「閻魔大王よ! 覚悟! 聖教国はワシが預かる! 闇になど呑ませてなるものか! ホーリーシャイニングスラーーーシュ!!!」
「それはこちらの台詞だ! 聖教国はこれより暗黒の時代を迎えるのだ! 闇に沈め! ダークアンビリバブルソーーード!!!」
二人の剣が幾度も交錯し、やがて辺り全体がうっすらと黒い霧が包んでくる。
何度も斬り合った最後は鍔迫り合いだ。ギャリギャリギャリギャリと激しく音が鳴り響き、白と黒、光と闇、稲妻と炎が交錯し火花を散らす。
ふとそこでソウ殿の力が緩んだ。
「とどめじゃーーー!!!」
ワシの剣がついにソウ殿を捕らえた。ソウ殿の体は上空に吹き飛び、黒い血を噴水のように吹き上げながら飛んでいった。そして、玉座の間の天井に大の字にぶつかり、その体を天井にめり込ませるのだった。
辺りに立ちこめた黒い霧がうっすらと晴れてくると、ソウ殿の体がダラーンと壁から垂れ下がり、そして、地面に落下した。
「見事だ、人間よ。貴様は閻魔大王を討ち取ったのだ。誇るがいい……」
そして、ゆっくりと目を閉じた。
ワシは聖剣を高々と上に掲げた。そして、上空に並んだ各国の首脳が見えている”黒い霧”に向かって叫ぶ。
「閻魔大王、討ち取ったりぃーーー!!! この聖教国はこれより、シュヴァルツヴァイン公爵、改め、シュヴァルツヴァイン聖王が預かる!」
ワシは高らかに聖教国の王となることを宣言したのだった。
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