上 下
87 / 219
第7章 聖魔大戦編

第86話 神聖王国

しおりを挟む


 神聖王国。その玉座に腰掛ける男は怒りに拳を振るわせていた。

「今、なんと申した?」

 震える声で斥候に告げる。

「はっ、恐れながら……。勇者は突如現れた謎の男に交戦。剣にヒビを入れられ、撤退いたしました」

 勇者の装備には莫大な金がかかっていた。当代随一の鍛冶師達に作らせた剣、鎧、盾。それらに付与術士による強化魔法エンチャントを重ね掛けさせた。刀は一流の研ぎ師に仕上げさせ、鎧と盾は勇者の体に合うよう細部にいたるまで調整を行わせたのだ。

 さらに言うならば、魔界を侵略するための勇者召喚にも金を注ぎ込んだのだ。優秀な魔術師を多数呼び集め、接待しながらなんとか呼び寄せた勇者なのだ。

「娘よ。洗脳はうまくいっていたのか?」

 男は隣に座っていた煌びやかなドレスに身を包んだ女に問うた。

「お父様。洗脳は勇者の召喚から4ヶ月もかけて用意したのです。私があのような下民にわざわざ付きっきりで進めたのですわ。そこに問題なんてありようがありませんわ」

「フム。ではレベリングが足りなかったのか?」

 反対隣に控えていた宰相は額に汗を浮かべながら、

「恐れながら、陛下。これ以上ないほどにまでレベルは上げて送り出しました。勇者のレベルは人類最高峰といえる、4800代まで引き上げたのです。

 王宮の優秀な騎士を何人も失いましたが、騎士が弱らせ、勇者が止めを刺す、所謂ところのパワーレベリングで効率的にかつ、徹底的にレベリングをしたのです。

 やはり、勇者敗退の原因は剣のヒビ。ここに尽きるかと思われます」

「そうか……。その鍛冶師の首を刎ねておけ」

 辺りは静寂に包まれる。

「よいか、この計画には多大な予算を注ぎ込んでおる。失敗は許されん。勇者だけでダメなら他にも呼び寄せるなりして、なんとしても成功させろ」

「「「はっ」」」

 臣下達は一斉に礼をした。玉座に座った王冠を被った男はそこで会議を抜け、去って行った。

 残された者たちはすぐに動き始める。

 より強い者を召喚するために。

 より強い武器を作るために。

 より強力な洗脳を作り出すために。

 こと魔界を侵略する計画に異論を唱える者は皆無であった。



 王宮内の魔術師が集う、魔術研究所。今、ここに二人の若い男女がいた。二人は黒いフード付きのコートを着ており、フードを深く被っている。その顔は薄暗くしか見えない。

 宮廷魔術師長のセイラは焦っていた。前回の勇者召喚はこれ以上ないくらいにうまくいったのだ。賞賛されこそすれども文句を言われるのは納得がいかない。だが、聖王の命令なのだ。より強力な者を召喚する必要がある。

「なんてこと……。あの勇者を一人呼び出すだけで数十人の魔術師が魔力を空っぽにするくらい大変だったのに……」

 魔力が空になってしまうと、頭がクラクラするし、吐き気もするし、何より、起き上がったら顔がゲロまみれなんてこともある。こんなこと、何度もやりたくない。

「おいおい、魔術師長さんよ。あんなバケモノよりもっとスゲェの呼ぶなんて冗談だろ? アレ以上は無理だって」

 呆れた顔つきで話しかけてきた男はこの聖教国の副魔術師長、ジル。口は悪いが魔術の腕は超一流であった。さらなる召喚にはこの男の魔力は絶対に欠かすことが出来ない。機嫌を損ねるわけにはいかない。

「一度で数人を呼び出さなきゃ。あの勇者は今回も魔王国に敗れたとはいえ、人間界で最強なのは間違いないわ。あの勇者に近しい者を呼び出せば、相当な戦力になりそう……よね」

「へ? 数人??? 無理無理無理! 前だって魔力がカラになっちまって倒れたっていうのに!」

 ジルは端からやる気がないようね。無理もないけれど……。

「えぇ、今回は倒れる順番を考慮するわ。他国の魔術師や、ウチの新人達がまず魔力を全部かけてもらう。その後で私たちが足りない分を補う。これでなんとかしましょう。言っておくけど、これは王命よ。やり遂げなければ、私たちを待っているのは……」

 ジルはガックリとうな垂れた。

「へいへい、所詮、下働きの魔術師は使い捨ての駒です、ってか? 全く、あの爺さんめ、コキ使ってくれちゃって」

「しっ、王宮内よ? 誰が聞いてるのかわかったものじゃないわ! 気をつけてよね!」

 二人は頷き合うと、動き出した。

 一刻も早く宮廷に魔力を持つ人間を多数集めなきゃ。そして、明日にでも召喚の儀式を。



 武器管理官を務めるサップは頭を抱えていた。

 なんだってスミス爺さんの首が取られなきゃならねぇんだ!

 机をいくら叩いても悔しさは晴れない。

「スミス爺さん。すまねぇ! 俺がアンタに武器の製作を依頼したばっかりに大変なことになっちまった!」

 ダラリと大粒の汗が流れ落ち、俺のシャツはびっしょりだ。

「何とか逃がす方法を考えなければ……。人類でスミス爺さんより優れた鍛冶師なんているわけない。それに、あれ以上の剣を作るなんて無茶だ!」

 どうすりゃいいんだ……、

 頭を抱え、まとまらない思考がぐるぐると頭を駆け巡っていると、

「どうした? サップ。呼んだか?」

 ドアを開けて入ってきたのは渦中の人、スミス爺さんだ。

 白髪、白ひげの顔中皺だらけだが、腕は太く、俺の太ももよりもある。

「困ったことになっちまった。聖王が勇者の剣にヒビが入ったからって、剣を作った鍛冶師の首を刎ねろ、なんて言い出したんだよ。お願いだ。スミス爺さん。ここから逃げてくれ!」

「なんだと!? 俺の作った剣にヒビが入っただと? そんなバカな……」

 スミス爺さんは剣にヒビが入ったことに驚いて、死刑の宣告のほうはまるで聞いちゃいない。もう王宮内は動いているというのに……、この鍛冶バカ親父め!

「とにかく、そんなことを言ってる場合じゃねぇんだ! 早く逃げよう! 俺も手助けする。」

「なぁに、捕まっちまったらそん時は寿命だと思って諦めるわい。だがよ、俺の剣にヒビが入っちまったってのは許せねぇ。おい、サップ! なんとしてもあの剣をここに持ってこい!」

「何言ってるんだよ? 爺さん。頭でもおかしくなっちまったのか? 逃げるなら今しかねぇ。早く準備してくれ……」

「いいから、オメェさんが、しらばっくれてれば、数日くれぇどうにかなるだろ! その間、俺は鍛冶場に籠もる。いいか! 俺の剣より優れた剣があるんだぞ? 負けてられっかよ!」

 スミス爺……、あんた大馬鹿だよ……。自分の命より、剣が大事なんて……。

 結局、スミス爺さんの言う通りに動くしかなかった。この頑固爺は一度言い出したら絶対に聞かないことは何度も経験してきたのだ。今更、性格を変えられるワケがない。

「わかった……。剣はなんとしても持ってくる。だがよ、もし剣を打ち終わって、また逃げるチャンスがあったら必ず逃げてくれ。いいか? それだけは約束してくれ」

「あぁ、わかった。頼んだぞ? オメェしか頼れる奴はいねぇんだからよ!」

 俺は説得を諦め、ヒビの入った剣を回収することになったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

1枚の金貨から変わる俺の異世界生活。26個の神の奇跡は俺をチート野郎にしてくれるはず‼

ベルピー
ファンタジー
この世界は5歳で全ての住民が神より神の祝福を得られる。そんな中、カインが授かった祝福は『アルファベット』という見た事も聞いた事もない祝福だった。 祝福を授かった時に現れる光は前代未聞の虹色⁉周りから多いに期待されるが、期待とは裏腹に、どんな祝福かもわからないまま、5年間を何事もなく過ごした。 10歳で冒険者になった時には、『無能の祝福』と呼ばれるようになった。 『無能の祝福』、『最低な能力値』、『最低な成長率』・・・ そんな中、カインは腐る事なく日々冒険者としてできる事を毎日こなしていた。 『おつかいクエスト』、『街の清掃』、『薬草採取』、『荷物持ち』、カインのできる内容は日銭を稼ぐだけで精一杯だったが、そんな時に1枚の金貨を手に入れたカインはそこから人生が変わった。 教会で1枚の金貨を寄付した事が始まりだった。前世の記憶を取り戻したカインは、神の奇跡を手に入れる為にお金を稼ぐ。お金を稼ぐ。お金を稼ぐ。 『戦闘民族君』、『未来の猫ロボット君』、『美少女戦士君』、『天空の城ラ君』、『風の谷君』などなど、様々な神の奇跡を手に入れる為、カインの冒険が始まった。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜

福寿草真
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】 何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。 魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!? これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。 スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

処理中です...