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第2章 蠱毒の頂

第8話  想いを孕む

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 渓青けいせいへの仕返しを心に決めた翠蓮すいれんは、渓青の胸の上にふたたび乗ると、まずはゆっくりと口づけを繰り返した。

 舌を絡めるか絡めないかのところでたわむれあい、そうこうしているうちに胸をまさぐって渓青の上衣をはだけさせていく。合わせ目から手をさしいれて大きく開くと、渓青の厚い胸板を撫ですさり堪能した。

 渓青の体はどこにも無駄な肉がついていない。翠蓮にあれだけ「鍛錬」をさせているところを見るに、もともと体を鍛えるのが好きなのだろう。武官であったころより体を使う機会ははるかに少なくなったはずだが、その体には衰えたところは微塵も感じられなかった。

 その胸に、硬い腹に、翠蓮は一つずつ口づけを落としていく。渓青は翠蓮の好きにさせているようで、時折髪を優しく梳かれる以外は、制止の声もかからなかった。
 それをいいことに翠蓮は腰帯に手をかけて抜き去ると、下衣もはだけさせて渓青の下帯を露出させてしまった。それをすぐに解くことはせず、下帯の上からなにもない渓青のそこに優しく口づけを繰り返す。はじめびくりと体を揺らした渓青だったが、すぐに大人しくなった。

 渓青の慌てもしない態度に、翠蓮はかすかに苛立つ。それは、ここにものがあった時にも、そしてなくなった今でも、誰かに触られるのが初めてではないということを示していたからだ。

 無論、その嫉妬がお門違いだということは翠蓮も十分に分かっていた。渓青はただの「共犯者」なのだし、翠蓮の下僕でもなければ恋人でもない。

 まして翠蓮だって復讐のためとはいえ、琰単えんたんと先帝には何度も抱かれた。だから渓青に他の女の影がどれだけちらつこうとも、策略のために後宮の妃嬪たちのねやを訪れようとも、翠蓮はなにも言わないし、言えない。

 それでもなんでも、ただこの時、翠蓮はたしかに「苛つき」を感じていた。

 その感情を覚えること自体に翠蓮はさらに苛立ち、下帯の隙間から手をさしこむと渓青の傷痕をそっと撫でた。肉がひきつれたようないびつな傷痕は、今はもうすっかりと塞がってしまっているが、こんな大きな傷を負ってもなお人間は生きていられるのだということが翠蓮には不思議でならないほどの有様だった。

 翠蓮はすこしずつ下帯をずらし緩めていく。中ほどに開いたあなには決して触ることはせず、指先でくるくると傷痕を撫でた。

 そうして翠蓮があなには触らないと渓青を十分に油断させたところで――翠蓮は一気にそこを攻めた。

「……っ! 翠蓮、様……っ」

 焦る渓青の声を聞き流し、翠蓮はそのあなへとすぼめた舌先を捻じこんだ。舌先を尖らせてぐりぐりと抉り、猫のようにぴちゃぴちゃと舐める。

「翠、蓮様……いけま、せん……っ」

 はじめて渓青の焦った声が聞けたことに翠蓮は満足した。こころなしか渓青の息も浅くなり、胸が当たっている太腿も強張っている。

 ちらりと目線だけをあげて見た渓青の顔に――翠蓮は思わずどきりとした。
 眉根を寄せて耐えるような表情を浮かべる渓青は、いつも見ている穏やかな顔とも、後宮の薄汚さを皮肉るあざけり顔とも、そして翠蓮を翻弄するときの憎たらしくさえ思える笑みとも違っていて、雄の色気に満ちていたからだ。

 今、攻めているのは翠蓮の方なのに、体の奥に火が灯った気がした。それを悟られまいと、翠蓮は必死に舌を動かす。いつも渓青にされているように舌先でちろちろとくすぐり、ぐるりとあなを舐めまわし、仕上げとばかりにちゅうと吸いあげると、渓青の太腿がびくびくと震え、苦しげな声が降ってきた。

「……っ、く……っ!」

 ぴゅぴゅっと口の中になにか粘液が吐き出された。翠蓮は思わずそれを舌先に乗せる。やがて荒い息を堪えていた渓青が、がばりと翠蓮を引き剥がした。

「……翠蓮様っ、申し訳、ありません」

 謝らなくてもいいのに、と翠蓮は思いながら、渓青に見せつけるように口の中に放たれたものを、ごくりと喉を鳴らして嚥下した。飲み終えて渓青を見やると、愕然とした顔をしている。この顔を見られただけでもやった甲斐があった、と翠蓮は溜飲を下げた。
 それにしても、この喉にすこし絡みつく感覚は、と思う。

「……これ、もしかして精液ですか……?」
「…………そのようなものかと」

 やや赤い顔で渓青が俯きながら答える。翠蓮が慌てて渓青のあなを見つめると、そこには乳白色の粘液がすこしついていた。それを指でそっとすくいとる。

「で、では……これを集めてわたくしの中に入れれば……っ!」

 渓青の子をはらめるのではないかと、翠蓮はわずかな希望にすがった。もし渓青の子を授かれるのであれば、復讐など……と思いかけたところで、渓青が寂しそうな顔で首を振っているのに気づいた。

「……年長の宦官に聞いたことがあります。陰嚢を失った宦官でも、精液の残りかすのような液体がこうして排出されるのだと。けれども子種は陰嚢で作られるそうですから、これには……生殖能力はありません」

「そう……です、か……」

 どうして絶望は簡単にやってくるのに、希望はあっという間に去っていくのだろう、と翠蓮は運命を呪った。

「……ですから、もうこのようなことは……」

 慰めるような諦めさせるような声音で渓青は言ったが、翠蓮は「いいえ」と強くかぶりを振った。

「現実に貴方の子を産めなくとも。渓青の一部はこうして私の体の中に入り、私たちは真に一つになりました。そうして私は「復讐」という二人の子を産み落とすのです」
「翠蓮、様……」
「私たちは一蓮托生。貴方の想いを……私がはらむ」
「…………っ!」

 翠蓮は渓青に強く抱きしめられた。渓青の肩がすこし震えている。

 翠蓮は思う。
 たとえこの世に二人の血を分けた子供が残せなくとも。二人の想いを乗せた「復讐」という子は、きっとこの国になにかを残すだろう、と。



 その夜、二人は穏やかに求めあった。
 汚れきった後宮の中で、互いを求める心以外に純粋なものは他になにもありはしないというように、手を握りあって朝を迎えた。



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