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第2章 蠱毒の頂
第4話 荘淑妃
しおりを挟む掖庭宮の西北角、景仁殿には今宵も酒壺が運び込まれていた。
宮殿の主である荘淑妃の部屋は日も沈まぬうちから、酒精に満ちあふれている。
荘淑妃は豪奢な錦をかけた長椅子にだらりと足を投げ出してるかのように見えたが、それは椅子ではなかった。
屈強な宦官を三人ほど、素っ裸の状態で椅子の形に組ませその上に布をかけて座っている。宦官が少しでも動こうものならば、男根のあった箇所に開いた孔――尿道口に差し込んだ金属棒を抉るという仕置きを与えるのだ。
荘淑妃は今は亡き南朝の皇族出身だった。
この国・鄭は、以前広大な大地の北半分しか治めていなかった。南半分にも荊という国があり、皇帝が両立していた。北方の騎馬民族が中心となって建国された鄭に対して、元来の正統の流れを組むのは南朝だと荊は自負していたが、十数年ほど前についに鄭が南北を統一した。
そのため、滅ぼされた荊の者たちは鄭の北族を北狄と呼んで蔑んでいる。
荘淑妃自身も、幼いころから南朝の教養を叩きこまれていたせいで、北族を内心見下している。かなりふくよかで、婀娜っぽいが押しは強かった。
性に対して非常に奔放で、気に入った男はすぐにひっぱり込み、無理矢理宦官にするなど日常茶飯事。爛れきった生活を送っていた。
足置き台にしている宦官をぐりぐりと踏みつけ、荘淑妃はぐびりと酒を煽った。
「……あんな細枝みたいな女なんて、子を産めば陛下はすぐに飽きるわよねぇ」
酒に酔っていくぶんか呂律の回らない口調で荘淑妃が言うと、そばに佇んでいた黒い縮れ毛で彫りの深い顔立ちの、一目で北族と分かる顔立ちの宦官が「さようでございます」と答える。
「あんな体じゃお産だって耐えられないわ、きっとそう……そうなればまた私の天下」
もう一口煽った酒が飲みきれずに、着崩れてあらわになった太腿に流れ落ちた。荘淑妃はそれを北族の宦官に舐めとらせる。宦官は酒をすべて舐め終えると、荘淑妃の耳元にそっと囁いた。
「……万が一に備えて、媚蠱の用意はできております」
「……アレは忌々しい皇后のために用意したのだけれど、いざとなれば他に手はないわよねぇ……それにしても、承児もちょうどいい時に身篭ってくれていたわ」
媚蠱とは、呪術の一種で特に女を呪い殺す際に行われる。呪術の形代として荘淑妃が用意していたのは、干からびた嬰児の死骸だった。
すこし前に琰単の子を懐妊した女官の腹を捌いて取り出した。後宮の女たちの中で懐妊した者は、秘密裏に殺害、もしくは流産や堕胎させる。そうやって荘淑妃はおのれの地位を固めてきた。
皇后が身籠ってくれれば、さっさと薬を使って子を流させ、皇后自身も亡きものにしてしまえるのに、残念ながらあの鶏の肋のような女は懐妊する気配はない。
(……もっとも、あのしなびた人参のような体では、陛下も辟易しているのでしょうけど……)
荘淑妃はおのれのなめらかな白い腕を撫でながら、気位ばかり高くて女性的な魅力は一切ない皇后を嘲笑った。
呉昭儀にも当然薬を盛らせたが、今のところ流れる気配はない。生意気にも毒味をつけているのか、と荘淑妃は背もたれになっている宦官に爪をたてた。
あの女は皇后と違って、痩せているくせに胸は自分に勝るとも劣らないほどの重量があった、と荘淑妃は回廊で盗み見た呉昭儀を思い出す。質素で薄幸そうな見た目だったが、先帝の後宮にありながら当時の太子だった皇帝ともまぐわっているのだから、さぞかし好きものなのだろうと自分のことは棚に上げて荘淑妃は思った。
「アレの管理は厳重にねぇ」
荘淑妃の言葉に、宦官は重々しく頷く。
「寝台の近くのいつもの棚に置いてありますので、心配ならばいつでもご確認下さい。私もいま、再度確認してまいります」
そう言いおいて北族の宦官は退室した。荘淑妃は満足げに頷いてそれを見送る。呉昭儀ごとき、いつでも始末してやる、とほくそ笑んでいた。
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