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第1章 獣の檻
第26話 建前と本音
しおりを挟む「渓青……」
翠蓮は寝台の柱にもたれかかって渓青を呼ぶ。翠蓮が寝台の踏み台へ片足を乗せると、足元に恭しく跪いた渓青が丁寧に翠蓮の靴を脱がせ、そしてそのまま裳裾をたくし上げ、するりと脚を撫でた。
「きちんと挿れていらっしゃいましたか……?」
「んっ……!」
内腿に手を回した渓青が、翠蓮の下帯からこぼれ落ちている紐をわずかに引く。そうするとそれが中で動いて、翠蓮は思わず声をあげそうになって慌てて口を手で覆った。
あれから防音処置がさらに施された寝台の内ならともかく、外で声を出してしまってはいつ何時、他の宦官や女官に聞かれないとも限らない。それは渓青も分かっているだろうに、時折こうして渓青は翠蓮を弄ぶのだ。
渓青は甘く優しいばかりでなく、ひどく意地悪な一面も持ち合わせているのだと翠蓮は嫌というほど思い知った。清洌で謹厳実直な武将だと思い込んでいた、あの頃の自分に伝えたい、と思う。
けれどもそんな渓青にすっかり飼い慣らされてしまった、と思いながら翠蓮は渓青を寝台に引っぱりこみ、帳をしっかりとおろすと、今日の「特訓」をねだった。
***
初めて渓青に抱かれてから十日ばかり。翠蓮は渓青と「特訓」を重ねていた。すべては復讐のため、と言いながらもかなりの割合で溺れていた自分がいることを翠蓮は否めなかった。そしてまた、おそらく渓青も。
琰単や皇帝から犯されたときは、世の人々がなぜそれほどまでに情交に耽るのか真剣に理解できなかった。
でも、今ならば分かる。
渓青から与えられる快楽は、すべてが心地よかった。
もし渓青が正常な男性であったならば、翠蓮は復讐もなにもかも忘れて、渓青と手に手を取り合ってどうにかしてここを抜け出し、二人結ばれたいと願っただろう。否、今でも心の片隅で小さな燠火のようにその想いは燻っている。
けれども渓青が狎具を取り出し、それを身につけるたびに、その一瞬だけ翠蓮は現実を嫌というほどに思い知らされる。
渓青を、自分を、こんな状況に追いやった者たちがいることを。
復讐をしたって、公燕は生き返らないし、渓青に陽物が生えるわけでもないし、翠蓮はなにも知らなかったころの自分に戻れはしない。
そんなことは十二分に承知していた。
それでも、成し遂げねばならなかった。
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