4 / 75
第1章 獣の檻
第4話 至上の腐臭
しおりを挟む左手側には落ち着いた色合いの官庁街が立ち並ぶ皇城域が広がる。横街を一本隔てただけで、皇城と宮城では全く異なる世界が存在していた。
長明門という扁額の掲げられた、東宮の南の正門の扉が重い音を立てて開けられた時、翠蓮は絶望の中に覚悟を決めた。
だが、翠蓮が重い足をあげて踏みだそうとした一歩は、目の前にいた男――琰単が急に立ち止まったことで遮られた。
気づけば琰単は膝を折って礼をしている。皇太子である琰単がこうべを垂れる相手、それに瞬時に思い至って翠蓮は慌てて腰を落とした。
「……公燕を討ったそうだな」
特に感情のない声だった。
自分の息子の一人が、同じく自分の息子に討たれたというのに、世間話でもするような、独り言のような呟きでさえあった。
「はっ。恐れ多くも父上を弑さんと企てておりましたので」
先ほどまでの傲慢な態度はどこへ行ったのか、琰単は酷くかしこまって父親――今上皇帝に答えた。
「……そうか。大儀であった」
それはまるで興味が感じられない声音だった。末席に近い息子が一人いなくなろうがどうということもない、そう言外に含まれているようで、翠蓮はカッと怒りに体が熱くなった。
だがその熱も続く言葉に一気に冷めた。
「……して、その娘は」
「はっ……これなるは公燕めの許嫁であった者でして……その、これより……謀叛の企てに関する、尋問を……」
「東宮で、か」
しどろもどろに答えた琰単を、幾分か嘲るように皇帝は言った。恐らくは琰単の真意に気づいているのであろう。ならば助けてはくれないか、と翠蓮は下げた頭で必死に祈った。
「娘、面を上げよ」
「は、はい……」
まさか皇帝に直接声をかけられるとは思ってもみなかった翠蓮は、震える声で返事をし、恐る恐る顔を上げた。
そこには琰単をあと三十歳ばかり年かさにしたような初老の男が、輿の上に存在していた。親子なのだからその美貌が琰単と似通っているのは当たり前なのだろうが、同じく血の繋がっているはずの公燕の優しい面影はどこにもない。
ただ意外なことにあまり覇気というものは感じられないのだと、翠蓮は思った。皇帝とはもっとひれ伏したくなるような雰囲気があるものだと勝手に思っていたが、酷薄さはその眼差しに浮かんでいるものの気圧されるほどでもない。
そんなこともあってか、翠蓮はつい不躾に皇帝の顔をまざまざと見つめてしまった。
「……ふむ」
一つ呟くと、皇帝はその顎髭を撫でた。
「良いな。今宵の伽をせよ」
何の気なしに放たれた言葉に翠蓮は凍りついた。今、この皇帝という肩書きの老境に差しかかった男は、自分の息子の許嫁であった女に――つまりは義理の娘になるはずだった女に、閨房の相手をしろと、そう命じたのかと信じられない思いで目を見ひらいた。
それは琰単も同じであったようで、言葉を詰まらせながらもなんとか反論した。
「……しかし、父上。この女は公燕と組んでいたやも知れず、そんな者を召し上げるのは……」
「この者にそのような気概があるならば、そなたも既に襲われているであろうよ」
「そ、それは……し、しかし……」
「くどい」
それだけ吐き捨てると、皇帝は供回りの者を引き連れて宮城へと向かっていった。
***
その後のことは、翠蓮は何一つ思い出したくない。
どこかから湧いて出たような女官と宦官たちに引き立てられて、問答無用で紅い壁の内側に連れ込まれた。呆然としているうちに湯殿で磨かれ、夜着を着せられ、太極宮の皇帝の寝所で昼間と同じように犯された。
そうして翠蓮は数多いる皇帝の妃嬪の一人となり、その日から才人という位を賜って、後宮に起居することになったのである。
0
お気に入りに追加
320
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
サディストの飼主さんに飼われてるマゾの日記。
風
恋愛
サディストの飼主さんに飼われてるマゾヒストのペット日記。
飼主さんが大好きです。
グロ表現、
性的表現もあります。
行為は「鬼畜系」なので苦手な人は見ないでください。
基本的に苦痛系のみですが
飼主さんとペットの関係は甘々です。
マゾ目線Only。
フィクションです。
※ノンフィクションの方にアップしてたけど、混乱させそうなので別にしました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる