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異世界編2・柚繰藍の冒険記
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[柚繰藍side]
ドスンっと地面に落ちた衝撃で目が覚めた。
「――……うぅ…!?」
一体、何がどうなっているのか。浩之君達がこっくりさんもどきをやるから、と部室に付いていったら変な生物が現れて、かと思ったら隼人君と春菜さんと私が変な生物に刺されて(無事だったけど)。
今度は浩之君が刺されたけど、私達は無事だったから大丈夫だろう、なんて思っていたら浩之君が血だまりにくずおれて。
無我夢中で浩之君を助けようと駆けたら、気付けば地面の上に転がっていた。学校の第二図書室に居たはずなのに、何故か現在、周りには鬱蒼とした木々が生い茂っている。どこよ、ここは?
理解が及ばないのは無理からぬことだろう、順を追って確認してもやっぱり理解できなかった。
「ひ、浩之君、大丈夫!? 無事なの!?」
身体を起こして状況を確認する前に傍らに倒れている浩之君を発見。
生気のない顔をしていて、傍目にも無事だとは思わない。
近寄って揺さぶる。こういうときは意識を失わせたら最期だ。そのまま意識は戻らず彼は帰らぬ人となってしまう。
「へ、返事を……! 返事をしなさい、浩之君っ」
「――…………娘、落ち着け」
「……っ!? 浩之君っ!? 気が付いたのっ!?」
絶えず揺さぶり続けていたのが功を奏したのか、浩之君が声を発した。意味はよく分からなかったけど。
「…………落ち着け。浩之は大丈夫だ。だが、揺らさないでもらえるとありがたい」
「……? え、あ、うん」
再度、発せられた声をよくよく理解してみると、どうやら揺らさないで欲しい、ということのようだ。
意識を失わせないためだったけど、傷が痛かったのだろうか?
「…………厄介な。娘よ」
「……え? な、何、浩之君?」
一瞬だけ、浩之君は顔を歪ませると、溜め息を軽く吐いた。あれだけ、血が出ていたから傷が痛むんだろう。
私は、彼の傷に響かないよう、極力触らないようにしながら訊き返した。
「…………血を止めたい。この道の先に湧水がある筈だ。そこで布を濡らしてきてほしい」
「……布ね、分かった」
鬱蒼とした木々の向こう側を指し示す浩之君。彼はここがどこだか分かっているのだろうか?
この口調の分だと傷以外は大丈夫なように思われる。ならば、彼が必要だと言うのなら水分を含んだ布を調達することが急務だ。
布はハンカチを持っているからそれでいいだろう。
「…………娘よ」
「え、何? 浩之君?」
「…………道中、見慣れぬ生物に出くわすだろうが、落ち着いて行動をしろ。大丈夫だ、今なら害はない」
「……? うん……わ、分かった」
妙な忠告を貰って、私は木々の合間に歩を進めていった。
☆
忠告の意味が分かった。
しかも、ものの一分程で。
木々の間を抜け道なき道を歩き始めたところ、いやに周りでガサガサ音がするな、と思っていたら木々の分かれ目からそいつが顔を覗かせた。
巨大な蜘蛛だった。巨大な蜘蛛と言ったらよくテレビ番組で取り上げられたりもするから想像に難くないとは思うけど、そんな比じゃなかった。
多分、私を丸かじりできるレベル。大体、私と同じくらいの大きさ。
目にした瞬間、きっかり30秒以上気絶したと思う。私だって御多分に漏れず乙女だ、虫大嫌い。
大声で叫ばなかっただけ偉い、と自分で自分を褒めてやりたい。意識を取り戻した私の視界から、するする、と糸を伝ってか蜘蛛は何処かへといってしまった。
「……う、嘘でしょ。何あの大きさの蜘蛛? 蜘蛛って呼んでいいの?」
この森は危ない。そう私の勘が告げていた。一刻も早く、湧水を見つけて戻らねば。
こんな見慣れぬ森といっても差支えない場所で走ることは出来ない。私は足早に木々をかき分けて奥へと進んでいった。
ガサリ、ガサリ。道ならぬ獣道を分け入って進む。
私が揺らした枝以外にも、頭上や眼の端で木々が揺れている気がする。
……気にしない、気にしない。アレは風のせいだ、多分。絶対に、先程の蜘蛛に類するものなんかじゃない。
誰に言い訳しているのか、最初は私自身を落ち着かせるために独り言を呟いていたが、段々とその呟きは祈りに近いものになっていた。
「……いないいない。あんな蜘蛛のお化けみたいのはこの世に存在しない……しないんだから……!」
半ば、叫ぶように呟きつつ数分程も歩くと、目の前に岩の塊らしきものが出現した。
岩のくぼみに水たまりを形成していて、少しずつ、窪みからは水がしたたり落ちていた。
「……あった、湧水だ」
ホッと、一息吐く。これにハンカチを浸して戻れば万事OKだ。
制服のポケットからハンカチを取り出して窪みの水に浸す。
「……全く、何のなのよこの森は」
ジャブジャブと恐怖を和らげるようにハンカチを上下していると、岩のくぼみが揺れた気がした。
「……え? ……今、揺れた?」
ハンカチを救い上げ、キョロキョロと辺りを見回すと、
『……………………』
「……………………」
大きな岩の塊の向こう側から、こちらを伺っている目と目が合ってしまった。
爬虫類っぽい感じの大きな目。よくよく観察してみると、多分岩と見間違えたのは甲羅だったのだろう。勿論そんな余裕はなかったが。
私の人生で初めての悲鳴が、見慣れぬ森の中で木霊した。
☆
「…………やれやれ、少し酷だったか」
横たわった姿勢のままで、巻坂浩之の口から言葉が漏れた。
刺された傷の血液は既に止まりつつある。声だけの介入であったが、巻坂浩之の身体が反応して身を捩ってくれたおかげか、臓器の損傷は防げたようだ。
しかし、そうとはいえ、破魔の呪いがかけられている以上、通常の手段では治癒はほとんど見込めない。
『媒介者』である以上、そう簡単に死ぬことはないが……
「…………さて、どうしたものか……?」
『…………コレ! …………!!』
今後について思案に耽っていると、遠くの方から声が風に乗って聞こえてきた。
「…………魔族か」
『……こら、エテ吉! 何を引っ張っとるんじゃ……これ!』
声は段々と近付いてきている。時期に見つけてくれるだろう。巻坂浩之の身体で溜め息を吐く。
『……ぬ、何じゃ人の気配……?』
「…………ご老。ここだ、ここにいる」
こちらからも、言葉を発する。あまり悠長にしている時間はない。それに、仮の宿主とはいえ身体に穴が開きっぱなしというのも些か具合が悪いというものだ。
後から文句を言われても適わない。
「……人の声か。ん、おったおった、何故にこんな所に人が……」
「…………ご老。すまないが怪我をしている」
ひょっこりと木々の間から老人が顔を覗かせた。エテ吉らしき猿も一緒だ。
「…………迷惑とは思うが、傷を…………成程、そういうことか」
「お前さん、ひょっとして……そうか、いや、そうでしたか」
老人の視線と巻坂浩之の視線が交錯する。
「…………私の立場からすると、褒められたものではないが……まぁ、良い。傷を頼む」
「……心得ましたぞ、主(しゅ)よ。ところで、女の子も一緒ですかな?」
「…………あぁ、森の奥からいずれ出てくるだろう。あの少女のことも頼む」
「心得ました」
木々の合間から現れた老人は、横たわったままの巻坂浩之に向かって深々とお辞儀をするのであった。
ドスンっと地面に落ちた衝撃で目が覚めた。
「――……うぅ…!?」
一体、何がどうなっているのか。浩之君達がこっくりさんもどきをやるから、と部室に付いていったら変な生物が現れて、かと思ったら隼人君と春菜さんと私が変な生物に刺されて(無事だったけど)。
今度は浩之君が刺されたけど、私達は無事だったから大丈夫だろう、なんて思っていたら浩之君が血だまりにくずおれて。
無我夢中で浩之君を助けようと駆けたら、気付けば地面の上に転がっていた。学校の第二図書室に居たはずなのに、何故か現在、周りには鬱蒼とした木々が生い茂っている。どこよ、ここは?
理解が及ばないのは無理からぬことだろう、順を追って確認してもやっぱり理解できなかった。
「ひ、浩之君、大丈夫!? 無事なの!?」
身体を起こして状況を確認する前に傍らに倒れている浩之君を発見。
生気のない顔をしていて、傍目にも無事だとは思わない。
近寄って揺さぶる。こういうときは意識を失わせたら最期だ。そのまま意識は戻らず彼は帰らぬ人となってしまう。
「へ、返事を……! 返事をしなさい、浩之君っ」
「――…………娘、落ち着け」
「……っ!? 浩之君っ!? 気が付いたのっ!?」
絶えず揺さぶり続けていたのが功を奏したのか、浩之君が声を発した。意味はよく分からなかったけど。
「…………落ち着け。浩之は大丈夫だ。だが、揺らさないでもらえるとありがたい」
「……? え、あ、うん」
再度、発せられた声をよくよく理解してみると、どうやら揺らさないで欲しい、ということのようだ。
意識を失わせないためだったけど、傷が痛かったのだろうか?
「…………厄介な。娘よ」
「……え? な、何、浩之君?」
一瞬だけ、浩之君は顔を歪ませると、溜め息を軽く吐いた。あれだけ、血が出ていたから傷が痛むんだろう。
私は、彼の傷に響かないよう、極力触らないようにしながら訊き返した。
「…………血を止めたい。この道の先に湧水がある筈だ。そこで布を濡らしてきてほしい」
「……布ね、分かった」
鬱蒼とした木々の向こう側を指し示す浩之君。彼はここがどこだか分かっているのだろうか?
この口調の分だと傷以外は大丈夫なように思われる。ならば、彼が必要だと言うのなら水分を含んだ布を調達することが急務だ。
布はハンカチを持っているからそれでいいだろう。
「…………娘よ」
「え、何? 浩之君?」
「…………道中、見慣れぬ生物に出くわすだろうが、落ち着いて行動をしろ。大丈夫だ、今なら害はない」
「……? うん……わ、分かった」
妙な忠告を貰って、私は木々の合間に歩を進めていった。
☆
忠告の意味が分かった。
しかも、ものの一分程で。
木々の間を抜け道なき道を歩き始めたところ、いやに周りでガサガサ音がするな、と思っていたら木々の分かれ目からそいつが顔を覗かせた。
巨大な蜘蛛だった。巨大な蜘蛛と言ったらよくテレビ番組で取り上げられたりもするから想像に難くないとは思うけど、そんな比じゃなかった。
多分、私を丸かじりできるレベル。大体、私と同じくらいの大きさ。
目にした瞬間、きっかり30秒以上気絶したと思う。私だって御多分に漏れず乙女だ、虫大嫌い。
大声で叫ばなかっただけ偉い、と自分で自分を褒めてやりたい。意識を取り戻した私の視界から、するする、と糸を伝ってか蜘蛛は何処かへといってしまった。
「……う、嘘でしょ。何あの大きさの蜘蛛? 蜘蛛って呼んでいいの?」
この森は危ない。そう私の勘が告げていた。一刻も早く、湧水を見つけて戻らねば。
こんな見慣れぬ森といっても差支えない場所で走ることは出来ない。私は足早に木々をかき分けて奥へと進んでいった。
ガサリ、ガサリ。道ならぬ獣道を分け入って進む。
私が揺らした枝以外にも、頭上や眼の端で木々が揺れている気がする。
……気にしない、気にしない。アレは風のせいだ、多分。絶対に、先程の蜘蛛に類するものなんかじゃない。
誰に言い訳しているのか、最初は私自身を落ち着かせるために独り言を呟いていたが、段々とその呟きは祈りに近いものになっていた。
「……いないいない。あんな蜘蛛のお化けみたいのはこの世に存在しない……しないんだから……!」
半ば、叫ぶように呟きつつ数分程も歩くと、目の前に岩の塊らしきものが出現した。
岩のくぼみに水たまりを形成していて、少しずつ、窪みからは水がしたたり落ちていた。
「……あった、湧水だ」
ホッと、一息吐く。これにハンカチを浸して戻れば万事OKだ。
制服のポケットからハンカチを取り出して窪みの水に浸す。
「……全く、何のなのよこの森は」
ジャブジャブと恐怖を和らげるようにハンカチを上下していると、岩のくぼみが揺れた気がした。
「……え? ……今、揺れた?」
ハンカチを救い上げ、キョロキョロと辺りを見回すと、
『……………………』
「……………………」
大きな岩の塊の向こう側から、こちらを伺っている目と目が合ってしまった。
爬虫類っぽい感じの大きな目。よくよく観察してみると、多分岩と見間違えたのは甲羅だったのだろう。勿論そんな余裕はなかったが。
私の人生で初めての悲鳴が、見慣れぬ森の中で木霊した。
☆
「…………やれやれ、少し酷だったか」
横たわった姿勢のままで、巻坂浩之の口から言葉が漏れた。
刺された傷の血液は既に止まりつつある。声だけの介入であったが、巻坂浩之の身体が反応して身を捩ってくれたおかげか、臓器の損傷は防げたようだ。
しかし、そうとはいえ、破魔の呪いがかけられている以上、通常の手段では治癒はほとんど見込めない。
『媒介者』である以上、そう簡単に死ぬことはないが……
「…………さて、どうしたものか……?」
『…………コレ! …………!!』
今後について思案に耽っていると、遠くの方から声が風に乗って聞こえてきた。
「…………魔族か」
『……こら、エテ吉! 何を引っ張っとるんじゃ……これ!』
声は段々と近付いてきている。時期に見つけてくれるだろう。巻坂浩之の身体で溜め息を吐く。
『……ぬ、何じゃ人の気配……?』
「…………ご老。ここだ、ここにいる」
こちらからも、言葉を発する。あまり悠長にしている時間はない。それに、仮の宿主とはいえ身体に穴が開きっぱなしというのも些か具合が悪いというものだ。
後から文句を言われても適わない。
「……人の声か。ん、おったおった、何故にこんな所に人が……」
「…………ご老。すまないが怪我をしている」
ひょっこりと木々の間から老人が顔を覗かせた。エテ吉らしき猿も一緒だ。
「…………迷惑とは思うが、傷を…………成程、そういうことか」
「お前さん、ひょっとして……そうか、いや、そうでしたか」
老人の視線と巻坂浩之の視線が交錯する。
「…………私の立場からすると、褒められたものではないが……まぁ、良い。傷を頼む」
「……心得ましたぞ、主(しゅ)よ。ところで、女の子も一緒ですかな?」
「…………あぁ、森の奥からいずれ出てくるだろう。あの少女のことも頼む」
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木々の合間から現れた老人は、横たわったままの巻坂浩之に向かって深々とお辞儀をするのであった。
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