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日常編6・精神的なご主人様
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――ピリリリリ……ピリリリリ………
「む……むぅ? もう朝かぃ……?」
ピリリリリと甲高く五月蝿い機械音を時間の奴隷が奏でるので、壊れそうなぐらいの激しさで発信源をぶっ叩く。朝から不快になる耳障りな音は止まったが、同時にメシャッ、という嫌な音も聞こえた。……聞かなかったことにしよう。
首を軽く左右に振るとコキコキッと軽快な音。うむ、睡眠は十分なようだ。身体の調子もよさそうである。何せ昨日は夕飯の後、風呂に入って部屋に戻ったら急に物凄い睡魔に襲われたため宿題もやらずに爆睡してしまったのだ。昼間も寝ていたような気がするが、それはそれ、これはこれ。勿論普段でも宿題なんてものはしないがな。
「ふーむ……起きてしまったし早々と着替えて、優香でも待つとしますか」
『寝ぼすけ兄貴―っ、優香ちゃん来たよー』
階下から晶の朝から大きな声が聞こえてきた。
…………さて、今日も我が幼馴染の機嫌が悪くなるような気がするんだが、どうしよう?
「全く……昨日の今日でどうしてまた寝坊するのよ……」
ブツブツと優香は愚痴を言いながら俺の頭を叩く。俺はハッハッハと機嫌よく笑って甘んじて優香の攻撃を受ける。普段ならば、反撃の一つや二つかまそうと隙を窺うのだが、今日は睡眠時間は十分、お肌もツルツル。そして、走らなくても良い時間になんとか家を出れたという事もあって心に怒りが湧いてこないのだ。人間余裕があると寛大になるのである。
「何、一人で笑ってるのよ……。春だからってやめてよね?」
「何が言いたいのかさっぱりだが……本日はお日柄もよく君に対しても僕チンは寛大なのだよ。いつもならこうはいかないよ? ハッハッハ……」
再び高らかに笑うと優香は盛大に溜め息を吐いてくれた。この気持ちの良い陽気の日に溜め息なんか吐いてどうしたというのだろうか? 何か悩みでもあるのか?
そうこうして歩いていると、昨日柚繰と分かれた路地でその当人とばったり出くわした。
「あ……」
「……ん? よぅ、奇遇だな、柚繰。おはようさん、グッモーニン、ボンジュール。ロシア語では……分からんっ!」
浩之チンは何故か外国語のボキャブラリーが異様に高いのだ。ただし、分かるのは挨拶だけで日常会話、その他はチンプンカンプンである。
「え、えっと……その、お、おはよう浩之君……?」
柚繰は僅かに首を傾げると、少々後ずさりしながら言った。一体柚繰といい優香といいどうしたというのだろうか?
「どうした、じゃなくてアンタを怖がってるんでしょうが。 ゴメンね、えっと……どなた?」
ズイッと優香は俺と柚繰の間に身体を割り込ませ、柚繰を庇うように立った。が、柚繰のことをまだ知らないらしく、庇ったはいいけど誰だったかな、と頭に疑問符を浮かべている。それも当然、柚繰は昨日転校してきたんだからクラスの違う奴が柚繰の事を知るというのは難しいだろう。
「昨日うちのクラスに転校してきた柚繰だ。噂ぐらいF組にも流れてきてるだろう?」
「あぁ、謎の美少女転校生ね? そっか、この子なんだぁ」
やはり、隣のクラスにも情報は流れているらしい。だが、何故謎なのかはそれこそ謎である。
「……あなたは……?」
さすがの柚繰もこの状況に些か困惑しているようだった。
「あぁ、こいつは一応、偉大なる俺様の幼なじみで『熊狩り』の称号を持つ大谷優香だ。ちなみに『熊(仮)』との掛詞で、万人に優しそうな顔をしてるが、本性は……ふんぎゃぁっっっ!?」
「なんて紹介してんのよ! その大事な右のあんよ……二度と歩けないようにしてあげようか、あぁん?」
優香のダークブラウンのローファーが俺の靴を拷問かのように踏み付ける。脳天に響くような痛みが足を中心に広がった。そして全身から発せられる殺気が物凄く怖い。柚繰と同じぐらいの身長しかないくせに、この力は一体どこから来るのだろう? ていうか、既に半分ほど地面に埋まっちゃってるんですが……労災は出るのだろうか?
「ご、ごめんなさいですぅ……この方は大谷の優香様、ボクちんの(精神的な)ご主人さまですぅ……」
もはや、俺の人間としての尊厳はボロボロだ。くそぅ、朝から俺様の幸福な気分をぶち壊しやがって。
「ふん……まぁボチボチね。あ、ヨロシクね、柚繰さん。こんなバカに付き合ってると遅刻するわよ。さぁ、行きましょ?」
優香はニコリと笑って先頭に立って歩き始めた。
この優香とのやり取りは誰の前でも同じように行なわれているのだが、何故だか悪者はいつも俺の方なのだ。思うに観衆は目が腐っているのではないだろうか? 今なら、大衆は豚だっ、と言ってるヤツの気持ちも分かるような気がする。ついぞ、そんなヤツは見たこともないが。
「え、う、うん……ほら行きましょう……?」
柚繰もそう言って歩きだす。実にまぁ、俺の一時の幸せも理解出来ないヤツラだった。
そのまま、成り行きで三人で学校まで登校する。ちなみに俺を挟んで右に優香で左に柚繰だ。
遅刻かっこわるい、と門を急ぎ抜ける生徒の間を抜け、下駄箱で靴を履き換え校舎を上がっていく。優香と教室の前で別れ教室に着くと、ちらちらと目線がこちらに刺さる。……いかん、昨日の今日で一緒に登校するなんて、質問してくれと言わんばかりじゃないか。もう少し気を回すべきだった。幸い、本鈴がひとしきり鳴ったので、面倒な追求は免れることが出来た。その分、物問いた気な視線はあちらこちらから降り注いでくるがな。本鈴が鳴り終わったかどうかのところで、凪教諭が教室へ入ってくる。今日ほど凪先生の定時行動に救われたと思ったことは無かった。
やってきたはいいが凪教諭は二、三軽く連絡事項を伝えた後、すぐに教室から出ていってしまった。なんのことはない、これがあの人のスタイルである。
凪教諭が出ていくと再びざわざわと教室がざわめき始める。いかん……再び、目線が……。まぁ、別にありのままを話せばいいのだが。
と、思いきや、左を見れば既に無数のクラスメイトに囲まれている柚繰。まぁ、ちと可哀想だが、あの分ならクラスに馴染むのも時間の問題だろう。ていうか、俺のほうが溶け込めていないのでは? 頼みの綱の隼人はやっぱり来てないし……あれ? 俺友達少なくね?
無駄に隣の席に密集しているクラスメイト群から目線がチラチラと注がれているような気がするが、気にしない、気にしない。あくまでも無気力さを装ってぼーっとしていよう。
『えー? 今日も朝一緒に教室に入ってきたじゃない?』
『途中でばったり会ったから……大谷さんとも一緒に来たわよ』
『ほぅ……やはり、現れたか……』
『思ったよりもこの件は激化しそうね』
『柚繰ちゃん可愛いなぁ……』
……完全に無視しよう。話題に取り込まれたら俺様ストレスで胃に穴が開いてしまうかもしれない。ここは可哀想だが柚繰一人に任せよう。何か一人危ない奴も居る気がするが、無関心無関心。
我関せずを決め込み、周囲のひそひそ話を受け流していると、ようやく授業開始のベルが鳴り、英語の教師が入ってきてくれた。隣に密集していた奴らも渋々ながら自分たちの席へ戻っていく。『また、後でね』等と言って散り散りに去っていくが……次の放課はこの席に居ないようにしよう。
さて、新学年最初の授業は英語のようだ。ここだけの話、英語は俺様が最も苦手とする科目だったりする。何が楽しくて異国の言語を学ばなければならないのか、と中学生のような言い訳をしたくなる教科だ。ちなみに数学も、世界史も生物も苦手である。
英語教師が何やら流暢に発音しながら教科書を開きだした。……どうして、英語の先生って、どこの学校でもやたら英語を使ってくるんだろう? 指導要領か何かで決まっているのだろうか? そんなことを考えているうちに春の気持ちのよい陽気に誘われて瞼が下がってくる。いかん……二年生からは心を入れ替えて授業に集中しようと決めたばかりなのに……ま、明日からでいいか。最初から根を詰めても途中でバテるしね。
転校してきて初めての授業を受ける柚繰の事が少々気になったが、段々と下がってくる目蓋には勝てず、夢の国へと旅立ってしまった。
「む……むぅ? もう朝かぃ……?」
ピリリリリと甲高く五月蝿い機械音を時間の奴隷が奏でるので、壊れそうなぐらいの激しさで発信源をぶっ叩く。朝から不快になる耳障りな音は止まったが、同時にメシャッ、という嫌な音も聞こえた。……聞かなかったことにしよう。
首を軽く左右に振るとコキコキッと軽快な音。うむ、睡眠は十分なようだ。身体の調子もよさそうである。何せ昨日は夕飯の後、風呂に入って部屋に戻ったら急に物凄い睡魔に襲われたため宿題もやらずに爆睡してしまったのだ。昼間も寝ていたような気がするが、それはそれ、これはこれ。勿論普段でも宿題なんてものはしないがな。
「ふーむ……起きてしまったし早々と着替えて、優香でも待つとしますか」
『寝ぼすけ兄貴―っ、優香ちゃん来たよー』
階下から晶の朝から大きな声が聞こえてきた。
…………さて、今日も我が幼馴染の機嫌が悪くなるような気がするんだが、どうしよう?
「全く……昨日の今日でどうしてまた寝坊するのよ……」
ブツブツと優香は愚痴を言いながら俺の頭を叩く。俺はハッハッハと機嫌よく笑って甘んじて優香の攻撃を受ける。普段ならば、反撃の一つや二つかまそうと隙を窺うのだが、今日は睡眠時間は十分、お肌もツルツル。そして、走らなくても良い時間になんとか家を出れたという事もあって心に怒りが湧いてこないのだ。人間余裕があると寛大になるのである。
「何、一人で笑ってるのよ……。春だからってやめてよね?」
「何が言いたいのかさっぱりだが……本日はお日柄もよく君に対しても僕チンは寛大なのだよ。いつもならこうはいかないよ? ハッハッハ……」
再び高らかに笑うと優香は盛大に溜め息を吐いてくれた。この気持ちの良い陽気の日に溜め息なんか吐いてどうしたというのだろうか? 何か悩みでもあるのか?
そうこうして歩いていると、昨日柚繰と分かれた路地でその当人とばったり出くわした。
「あ……」
「……ん? よぅ、奇遇だな、柚繰。おはようさん、グッモーニン、ボンジュール。ロシア語では……分からんっ!」
浩之チンは何故か外国語のボキャブラリーが異様に高いのだ。ただし、分かるのは挨拶だけで日常会話、その他はチンプンカンプンである。
「え、えっと……その、お、おはよう浩之君……?」
柚繰は僅かに首を傾げると、少々後ずさりしながら言った。一体柚繰といい優香といいどうしたというのだろうか?
「どうした、じゃなくてアンタを怖がってるんでしょうが。 ゴメンね、えっと……どなた?」
ズイッと優香は俺と柚繰の間に身体を割り込ませ、柚繰を庇うように立った。が、柚繰のことをまだ知らないらしく、庇ったはいいけど誰だったかな、と頭に疑問符を浮かべている。それも当然、柚繰は昨日転校してきたんだからクラスの違う奴が柚繰の事を知るというのは難しいだろう。
「昨日うちのクラスに転校してきた柚繰だ。噂ぐらいF組にも流れてきてるだろう?」
「あぁ、謎の美少女転校生ね? そっか、この子なんだぁ」
やはり、隣のクラスにも情報は流れているらしい。だが、何故謎なのかはそれこそ謎である。
「……あなたは……?」
さすがの柚繰もこの状況に些か困惑しているようだった。
「あぁ、こいつは一応、偉大なる俺様の幼なじみで『熊狩り』の称号を持つ大谷優香だ。ちなみに『熊(仮)』との掛詞で、万人に優しそうな顔をしてるが、本性は……ふんぎゃぁっっっ!?」
「なんて紹介してんのよ! その大事な右のあんよ……二度と歩けないようにしてあげようか、あぁん?」
優香のダークブラウンのローファーが俺の靴を拷問かのように踏み付ける。脳天に響くような痛みが足を中心に広がった。そして全身から発せられる殺気が物凄く怖い。柚繰と同じぐらいの身長しかないくせに、この力は一体どこから来るのだろう? ていうか、既に半分ほど地面に埋まっちゃってるんですが……労災は出るのだろうか?
「ご、ごめんなさいですぅ……この方は大谷の優香様、ボクちんの(精神的な)ご主人さまですぅ……」
もはや、俺の人間としての尊厳はボロボロだ。くそぅ、朝から俺様の幸福な気分をぶち壊しやがって。
「ふん……まぁボチボチね。あ、ヨロシクね、柚繰さん。こんなバカに付き合ってると遅刻するわよ。さぁ、行きましょ?」
優香はニコリと笑って先頭に立って歩き始めた。
この優香とのやり取りは誰の前でも同じように行なわれているのだが、何故だか悪者はいつも俺の方なのだ。思うに観衆は目が腐っているのではないだろうか? 今なら、大衆は豚だっ、と言ってるヤツの気持ちも分かるような気がする。ついぞ、そんなヤツは見たこともないが。
「え、う、うん……ほら行きましょう……?」
柚繰もそう言って歩きだす。実にまぁ、俺の一時の幸せも理解出来ないヤツラだった。
そのまま、成り行きで三人で学校まで登校する。ちなみに俺を挟んで右に優香で左に柚繰だ。
遅刻かっこわるい、と門を急ぎ抜ける生徒の間を抜け、下駄箱で靴を履き換え校舎を上がっていく。優香と教室の前で別れ教室に着くと、ちらちらと目線がこちらに刺さる。……いかん、昨日の今日で一緒に登校するなんて、質問してくれと言わんばかりじゃないか。もう少し気を回すべきだった。幸い、本鈴がひとしきり鳴ったので、面倒な追求は免れることが出来た。その分、物問いた気な視線はあちらこちらから降り注いでくるがな。本鈴が鳴り終わったかどうかのところで、凪教諭が教室へ入ってくる。今日ほど凪先生の定時行動に救われたと思ったことは無かった。
やってきたはいいが凪教諭は二、三軽く連絡事項を伝えた後、すぐに教室から出ていってしまった。なんのことはない、これがあの人のスタイルである。
凪教諭が出ていくと再びざわざわと教室がざわめき始める。いかん……再び、目線が……。まぁ、別にありのままを話せばいいのだが。
と、思いきや、左を見れば既に無数のクラスメイトに囲まれている柚繰。まぁ、ちと可哀想だが、あの分ならクラスに馴染むのも時間の問題だろう。ていうか、俺のほうが溶け込めていないのでは? 頼みの綱の隼人はやっぱり来てないし……あれ? 俺友達少なくね?
無駄に隣の席に密集しているクラスメイト群から目線がチラチラと注がれているような気がするが、気にしない、気にしない。あくまでも無気力さを装ってぼーっとしていよう。
『えー? 今日も朝一緒に教室に入ってきたじゃない?』
『途中でばったり会ったから……大谷さんとも一緒に来たわよ』
『ほぅ……やはり、現れたか……』
『思ったよりもこの件は激化しそうね』
『柚繰ちゃん可愛いなぁ……』
……完全に無視しよう。話題に取り込まれたら俺様ストレスで胃に穴が開いてしまうかもしれない。ここは可哀想だが柚繰一人に任せよう。何か一人危ない奴も居る気がするが、無関心無関心。
我関せずを決め込み、周囲のひそひそ話を受け流していると、ようやく授業開始のベルが鳴り、英語の教師が入ってきてくれた。隣に密集していた奴らも渋々ながら自分たちの席へ戻っていく。『また、後でね』等と言って散り散りに去っていくが……次の放課はこの席に居ないようにしよう。
さて、新学年最初の授業は英語のようだ。ここだけの話、英語は俺様が最も苦手とする科目だったりする。何が楽しくて異国の言語を学ばなければならないのか、と中学生のような言い訳をしたくなる教科だ。ちなみに数学も、世界史も生物も苦手である。
英語教師が何やら流暢に発音しながら教科書を開きだした。……どうして、英語の先生って、どこの学校でもやたら英語を使ってくるんだろう? 指導要領か何かで決まっているのだろうか? そんなことを考えているうちに春の気持ちのよい陽気に誘われて瞼が下がってくる。いかん……二年生からは心を入れ替えて授業に集中しようと決めたばかりなのに……ま、明日からでいいか。最初から根を詰めても途中でバテるしね。
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