Correct×Tale - 世界を修正する少女と媒介者の少年 -

椎名詩音

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日常編5・ツンンデレ議論と文学とメディアの相互関係(大嘘)

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「…………ん…………はぇ…………?」

 いかん、本当に眠っちまったようだ。机の上に中々の面積の涎の湖が出来上がっている。机の中から引っ張り出したティッシュ箱からティッシュを掴み取り、机の上の湖を拭き取った。
 
 何時じゃろう、と時計を見上げると四限の放課になってから十分経ったぐらいだ。どうやら一時間近く眠っていたようだ。起こしてくれればいいのに、と隼人を探すが隼人の姿がない。
全く……来るのも社長クラスに遅いクセに帰宅はきちんと定時帰り。これでサラリーマンだったら給料泥棒もいいところだ。

 周りを見てみるとクラスの半分ぐらいの奴が、適当なグループを作って昼飯を食べたり、だべったりしている。ちなみに隣の美少女転校生である柚繰の周りにはやはり人垣が。柚繰も今週一杯は何かと大変だろう。
割とワイワイ賑やかにお隣りさんはやっているのに、そんな中一人で寝ていたのかと思うと、少々寂しくなってきて痒くもない頭をポリポリとかいてみた。

 今日は四限で授業的には終わりだから居残り組は部活へ参加する奴らなのだろう。


「ふむ……たまには部活に出るか……」

 ちょうど、部活動紹介にも出たことだし、サボっていても暇だからな。もしかしたら、食堂に隼人がいるかもしれない。俺はそそくさと移動しようとするが、

「ん? …………へ?」

  席を立とうとした俺の制服の左腕を、隣の席から伸びた手が掴んでいた。

「ゆ、柚繰さん?」

「……部活に行くんでしょ? さっき話していた文芸部とやらに私も案内して欲しいんだけど」

「ブ、文芸部デスカ?」

 思いがけなかった事態に頭の中がメダパニカーニバルな俺。ちなみに制服の袖を持たれるのは僕的にポイントが高いのデス(混乱中)。

『柚繰さんが巻坂の腕をっ!? ど、どういうことだ……何故俺の腕を掴まないっ!?』
『巻坂の腕よりも俺の腕をっ!』
『わわわわ我々の監視下でラブコメはゆゆゆ許さないっ!!』
『考え直して、柚繰さんっ! 趣味が悪いわよっ!?』

 俺と柚繰の一動を舐めるように観察しているクラスメイト(主に男子)。
ぬぅ……しかもちょいと、不穏な空気が流れている……ていうか、一人何かひどいの居るよね? 僕チン草むらの陰で泣いていい?

「巻坂君……? どうしたの?」

「あ、あー……キョ、キョウシツヲデルヨ?(混乱中)」

「あ、ちょ、ちょっと……」

『あ、野郎っ……逃げやがった! みんな見つけ次第、大谷さんに報告を……!』

 俺はこれ以上噂の中心になっては適わん、と柚繰の腕を逆に掴んで教室を飛び出した。それと同時に聞こえてくる怨嗟の声。荷物は……まぁ、後で取りに行けばいいか。今更、あの中へ取りに行こうとは思わん。奴らも荷物に制裁を加えるなんて真似はやらないだろう。

 混乱と勢いから教室を飛び出してしまったが、これからどうしよう?

「……ねぇ」

 まぁ、とりあえず腹も減ったし……食堂にでも行くか……。

「ねぇったらっ!」

「わぁっ!? 何だ何だ!?」

 耳元で叫ばれたので、驚いて振り返るとぷんすか、と不満気な顔MAXといった感じで柚繰がこちらを見ていた。

「何だ、じゃないわよ。急に連れ出して一体どうしようっていうの?」

「…………スマン……ちょっとあの場に居辛くて……あと、混乱してて」

 その発端の半分以上は柚繰にあるのだが……それは言うまい。

「……混乱してて、の意味は分からないけど連れ出してくれた点には感謝するわ。質問責めに少しうんざりしていたところだったから……」

 疲労と苦笑を混ぜた顔で柚繰が言う。転校生はやっぱり大変だね。

「でも……そろそろ離してくれるかしら? 手首が痛いんだけど」

「へ? …………わ、わ、スマン!?」

 柚繰に言われて気づいたが、俺は未だに柚繰の手首を握って歩いていたらしい。多分、教室からずっと。二十一世紀最後の硬派と言われた俺様が、ふ、婦女子の手首を掴んで公共の場を徘徊するなんて……あぁ、ママン、僕汚れちゃった……。

「クスッ、やっぱり変な人ね……」
 そんな俺の様子を見て何がおかしかったのか、柚繰はクスクスと笑う。へぇ……最初見た時は冷たそうだなぁ、なんて感じたが、ところがどっこいこんな顔も出来るんだな。

「それで? 未成年略取で捕まってみる? ……クスクス……」

「………………」

 前言撤回。全然、見直せない。ていうか、この子意地悪……!

「人聞きが悪いので誘拐犯とか不名誉な呼称は止めなさい。で、文芸部だっけ? 連れて行くのは構わんが、俺様は先に飯を食うぞ。それでもいいか?」

「えぇ、構わないわ。安心して訴えたりしないから……クスクス……」

「ぐ、ぐぬぅ……」

 俺は食堂へ向かう廊下で人知れずこの女に復讐を誓うのであった。



 うちの学校の食堂は教室がある本館とは離れていて、一度外に出ないといけない作りになっている。だから、夏や冬等はとっても面倒くさい場所だ。しかし、それを除けば生徒達には中々受けが良い。なんといっても、学食のクセに飯が豪華なのが素晴らしい。ランチ系は毎日、和・洋・中全て揃っていて味も上々。その他単品食も安い上に充実した生徒に優しい食堂なのである。

「お、今日のAランチは焼き魚か……。俺様の好物じゃのぅ」

 実は俺様、焼き魚や納豆、湯葉などが好きな和食愛好家だったりするのだ。中々に渋い趣味だとあの優香でさえ感心してくれる。……もっとも、感心されたところで何があるって訳でも無いがな。

 というわけで、本日の昼食はAランチに決定。うむ、油揚げとわかめの味噌汁なんていうのも最高じゃないか。余談だが、俺は茄子の味噌汁だけは絶対に許せない派である。あの汁の色が変わってしまうところが非常にいただけない。余談終了。

 肝心の柚繰はというと、きつねうどんを単品でひとつだけだった。いくら女の子でも少食すぎやしないだろうか? 春菜や優香なんかランチセットに単品でそのうどんを注文したりするんだぞ?

「足りるのか、そんな小さいうどんだけで?」

 基準が運動部の二人だから年頃の女の子がどれだけ食べるのか分からないが、疑問に思ったので訊いてみた。

「えぇ、これぐらいで十分よ。男の子から見たら少ないように見えるかもしれないわね」

 お盆を両手にそういう柚繰。ふむ、どうやらあの二人のお腹は宇宙になっているらしいな。お腹に得体の知れない生物でも飼っているのだろうか?

「ねぇ、巻坂君。ご飯もいいのだけれど、出来たらこの学校の主要施設も案内してもらえるかしら? まだよく分からなくて……」

チュルチュルとうどんを啜りながら柚繰は言う。

「おぅ、そいつは盲点だったな……気が回らなくてスマン」

今日転校してきたんだ、主要施設はおろか下駄箱まで行けるかも怪しいわな。無駄に広いからな、この学校。

「そうだな……飯食い終わったら部活に行く前に普段使う特別教室を案内するぜ……ズズッ……」

言いながら俺は味噌汁を啜る。うむ、美味い味噌汁だ。食堂のおばちゃんに特別に三ツ星をあげよう。

「あら、優しいのね。……噂とは大違いだわ」

「……ウグッ!? グホッ、ゲホッ……へ、へ、変なとこ入った……ゲホッゲホッ……う、噂って何だよ?」

三ツ星の味噌汁が鼻を逆流する。当たり前だが、三ツ星だろうと何だろうと逆流すれば鼻は痛いようだ。

「さぁね。貴方が寝ている間にクラスの女の子たちからちょっと聞いただけよ」

「……聞いた中身は?」

「勿論、秘密に決まっているじゃない」

 ニッコリと微笑む柚繰だったが、心なしかにょっきりにょっきり耳と尻尾が生えているような気がする。

「ぬぅ……」

 中々に侮れない女だ。悪魔っ娘柚繰と呼んでやろう。……そこはかとなく萌えワードだが気にしないでおく。

「……それで? 貴方は何時になったら食べ終わるのかしら?」

「ぬ……?」

 コホン、と一つ咳ばらいしている柚繰の手元を見ると綺麗に並べ置かれた一單の箸と空っぽの器。対する俺はさっきから咳き込んだり何だりで味噌汁にしか手を付けていない状態だ。

「ぬぅ……」

やはり、侮れない女だ……。
俺は急いで冷めかけたAランチを片付けにかかるのだった。



 食べ終わった食器を返却ボックスへ戻して校舎に戻る。道中腹ごなしに特別教室を柚繰に案内していくことにした。

「ま、グラウンドは分かるからいいな。一階は主に職員室、後は図書室か」

「ふぅん……文芸部の活動場所は図書室?」

「いんや、二階の第二図書室だ」

「第二図書室?」

 驚いたのか訝し気に言う柚繰。そりゃそうだ、第二図書室なんて存在する学校の方が珍しい。

「まぁ、基本的に学校の授業で使用するような本は第一図書室の方にあるからな。第二図書室は元々、会議室として用意されていたものらしいんだが……それがいつの間にか第一図書室から溢れた本が集まって第二図書室が出来上がったってワケさ」

「へぇ……でも何で、文芸部は第二図書室なの?」

「ひとえに本の種類に合わせてなんだが……存分に討論が出来るという利点もあるからな。ていうか、討論が白熱し過ぎて周りに迷惑がかかるから第二図書室に移動したんだ。第二図書室の会議室なら、周りに迷惑にならないからな」

「……結構、真面目に活動してるんじゃない」

 ……まぁ、移動したと言えば聞こえはいいが、正確には五月蝿すぎて追い出されたんだが。
無駄に長い廊下を歩き、階段を昇る。既に部活動の開始時間を過ぎているため、思ったより人通りが少なかった。

「三階と四階は、基本的に学年別にクラスがある程度かな。三階と四階には自習室があるが……基本的に三年生が使用していて俺達は試験前に使うぐらいだろう」

 ちなみに俺は一度も使用した覚えはない。一年以上もこの学校へ通っている割りに行ったことのない場所も結構あるものだ。

「そう……ありがとう、一通り把握したわ。また分からなくなったら訊くわね」

「おぅ、何時でも聞いてくれ。これでも困っている婦女子は見捨てることが出来ない性格なんでな」

 無論、男ならば黙って見捨てるということでもある。

「えぇ、そのときは遠慮なく頼るわ」

 笑顔でそう返してくれる柚繰。ふむ……ふむふむ……。笑顔……笑顔ですよ、兄さん。 転校初日の女子と流れるような自然な会話。これぞ、リアルが充実、略してリア充と噂されてもおかしくない好男子といったところじゃないだろうか? ……ところで、兄さんって誰だろう?

「時間を割いてくれてありがとう。部活に行きましょう」

「あいよ、気にすんな。っと、第二図書室はもう目の前なのデス」

「あら、ここなの…………って、こ、ここ?」

 俺たちは二階にある特別教室の一室の前で止まる。まぁ、戸惑うのも無理はない。何故かここだけ引き戸タイプの入口ではなく、普通のドアなのだ。しかも、どちらかというと玄関に多用されているタイプのドアだ。多分、理事長か校長の趣味だろう。一体、何を考えて誂えたのだろうか?

「初心者には敷居が高いかもしれんが、中は普通だから安心してくれ。さぁ、いざ文芸部へ……」

 ちなみに部員である俺でもまだ違和感バリバリだがな。部員が増加しない要因の一つにこのドアを挙げても過言ではないだろう。

 無駄に豪奢なドアノブを引っ張ってドアを開ける。微かに軋む音を立ててドアは開いた。……このドアにも俺たちの学費の一部が使われているかと思うと、無性に腹立たしくなるな。

「だーかーらー…………およ? 浩之じゃん? どったの?」

ドアを開けて視界に飛び込んできた映像は春菜が、拳を振り上げて何事かを力説しているシーン。……何だろう、また胃が痛いや。

「朝に引き続き珍しいね、部活に来るなんて。明日は槍でも振るのかねぇ」

 カラカラとバカ丸出しの発言をしながら春菜は笑う。……後で旋毛を三回程押してやろう。ていうか、槍を振るのは俺なのだろうか?

「こんちわっす、皆様。神谷先輩。いやー、たまには顔でも出しとこうかと思いまして」

 にこにこ、と事の成り行きを見守っていた神谷先輩と諸先輩方に頭を下げる。無論、春菜は華麗にスルーだ。

「やぁ、浩之君。今日は二回目だね。あれ……その子は?」

「あ、浩之が女を連れてる!? なになにー、どういうこと!?」

「…………(にこにこ)」

 まぁ、当然そうなるわな。普段、部活に出ない俺が女の子を連れて部活にやってきたなんて、面白すぎる事件だ。議論ばかりで退屈している部員にとっては格好の餌だろう。自然、視線は俺たちに集まってくるが、人数が少ないだけ教室よりはなんぼかマシだった。

「えーと、俺様が部活に来るのも珍しいですが、何と私、部活動見学者を連れてきた次第であります。おいどんのクラスに転校してきた娘っ子でゴワス。皆さん、仲良くしたってくださーい」

「あ、ゆ、柚繰藍です……お邪魔致します……」

 お邪魔致しますってアンタ。友達の家じゃないんだから……。

「べ、べっぴんさんだぁ……」

「おや……浩之君も隅に置けないじゃないか」

「…………(にこにこ)」

 唐突に柚繰を連れてきたもの、多様な感想を持って迎えられたが、どうやら肯定的に受け入れられたようだ。しかし……三年生の先輩方はさっきからずっとにこにこしているだけなんだが大丈夫だろうか?

 文芸部の面々は会議室の机に文字通り輪になって座っている。空いている席に柚繰を座らせ、隣に俺も座った。ちなみに、柚繰は緊張しているのか先ほどからきょろきょろと周りを見渡している。何故か、春菜もそわそわとちらちら柚繰の方を見ながら、その動向を見ている。まるで親戚の子供か何かみたいな動きだ。

「神谷先輩、今日の議題は何なんです?」

 俺は逆隣に位置している神谷先輩に話しかける。

「うん、今日の議題はね、春菜ちゃんがどうしても取り上げたい議題なんだっていって……」

「ふっふっふ、巻坂の……ふふっ、ふぇっへっへ……:!」

 俺と神谷先輩の会話を遮り、今までそわそわしていたポニーテールの馬鹿が立ち上がる。笑い方が気持ち悪い……何か冷たいものでもキめているのだろうか? もし道端で出会っていたのなら間違いなく通報していただろう。

「巻坂の……昨今、巷に溢れているライトなノベルの一つや二つは文芸部員として読んだことがあるだろう?」

「おいおい……馬鹿にするなよ、春菜。仮にも文芸部だぜ? ライトノベルどころか、ファンタジーやSFまで網羅してるわ!」

 あまり具体的な名前は出せないが、各出版社の新刊や人気作なんかは常にチェックしている、歩くはてなアンテナと称される浩之様だぜ?

「文芸部と名乗る割には偉大な純文学作家の名前が出てこないのが気になるけど……そう、浩之でも読める本をライトノベルというのね。浩之はその読んだ本のキャラクターで印象に残っているものはある!?」

「印象に残っているキャラ……?」

 浩之でも読めるとのコメントに甚だ遺憾だが、なんだかんだで春菜のペースだ。印象に残っているキャラか……。

「そりゃ、やっぱりメインのヒロインじゃねぇか? 登場回数が一番あるだろうし、メインってぐらいだ、ストーリーもそのキャラに合わせて書かれているだろうしな」

 ちょっと文学少年っぽい作品の見方だ、俺もやれば出来るじゃないか。

「その印象に残っているキャラクターってどんな性格だった?」

「性格……?」

 普段はそっけない素振りで主人公には接するけど、要所要所で甘えてくる、所謂……

「そうっ! 今回の議題は昨今大ブレイクしているツンデレについてなのだ!」

「ハ、ハァ……」

 いや、なのだって言われても……ていうか、俺答えてすらいないんだが……。

「古き良き時代っ、普段そっけないけど、ストーリーが進むにつれて隙を見せたり、優しさを垣間見せたり、なんてキャラはそのギャップによって重宝されていた! しかし、昨今の風潮はどうだろう? 文庫本の帯に踊るツンデレの四文字! カバーや裏表紙に書かれるツンツンデレデレのカタカナ表記! ギャップどころか、デレる前提のキャラ付けは如何なものでしょうか、と昨今のライトノベル業界に危惧を抱いている今日この頃……」

「………………」

 晴菜の演説が長々と冴え渡る。こいつは自分の興味がある事柄については滅茶苦茶考察が深いから困る。……普段はお馬鹿なのに。

 晴菜の独壇場はいつものことだが、初めて来た柚繰は戸惑うんじゃないかと柚繰の方を見てみると、意外にも真剣に晴菜の話を聞いているようだった。うっすらと汗をかいているので理解できているかは分からんが。

「ツンデレキャラは大好きさっ! しかし、しかし……!」

「お、落ち着いて春菜ちゃん……」

 流石に神谷先輩も異常な春菜の挙動を見て止めに入る。だって、春菜涙流して熱弁を繰り広げているんだもん。はっきり言って異常だ。

「確かに、昨今の安易なキャラ設定には僕も一抹の不安を抱いているけれども、キャラクターの大量生産によって多くの読者に認知され、ジャンルが確立されるに至った功績も忘れてはいけないよ?」

「………………(コクコク)。」

「…………え? そういう流れなの?」

 止めに入ったかと思いきや、何故か対抗して自分の意見を表明し始めた神谷先輩。普段、虫も殺さないような温和な顔をしているのにたまに予測不能な行動に出るから侮れない。そして、一様に頷きだす周り諸先輩方。……今更だが狂っている部活だと思う。

「ふむ、神谷氏。アナタの意見も最もだ。メディアを通じてジャンルの確立までに至ったその功績は忘れてはいけない。しかし、しかしですよ、その功績によって、古き良き作品まで一様な評価が下されるのが許し難いのですよ。少し主人公のキャラに冷たく当たっただけでツンデレなんて評価されて、そのキャラクターの未来における行動を勝手に予測されては……」

「そうだね、晴菜君。その点については同意出来る。認知の点で、メディアはその功績に計り知れないものがあった。しかし、何でもかんでも作品を一つの型に嵌めようとするやり方は許せないね。例えば、並々ならぬ愛から異常な行動に出るキャラが居たとすればヤンデレ。冷静に物事を把握するキャラはクーデレ。……わざわざ、ツンデレから派生させる必要はないだろうっ!」

「……ぐっど……ディモールトグーですよ、神谷氏……」

 ついにぶっ壊れた神谷先輩。これがこの先輩の唯一の欠点だ。熱くなると性格がチェンジして熱血野郎になってしまう。神谷先輩目当てに入部してくる女の子たちが辞めていく一因だろう。その割にファンクラブの人数はうなぎ登りで増加中だが。よって、昨年の進入部員で残留したの俺と隼人を除き、神谷先輩の熱血ぶりに対抗できる春菜のみとなっているのだった。何故か先輩女子は十数人居るがね。

「………………!」

「………………! ………………!」

「………………(にこにこ)」

「……さて、と」

 こうなってしまっては、見学者そっちのけで議論を始めてしまう部員一同。大体において、この有様を見て退部する生徒が後を絶たない。必然的に俺がフォローに回る役回りなのだ。ていうか、学習しろよ、みんな……。やる気のないフリして意外に裏では動いているんですよ?

「まぁ、こんな部活だ。議論が始まってしまえば、誰が居ようと目に入らない奴らばかりだからな。楽しそうな議題なら加わるのもよし、入っていけそうにない議題ならば、エスケープもよしだ。活動は基本的に最終下校の鐘が鳴るまで。基本的にはこんなところかな……どうだ、文芸部を見た感想は?」

「……思ったよりも真面目に活動しているので驚いたわ。今日の議題も突き詰めて言えば本とメディアの関わりについてでしょ? 驚いた……高度な議題は好きよ、私」

「……オブラートでグルッグルに巻いたらそういう表現になるかな」

 ふむ、好意的に解釈したようだが……この議論を見てよくもまぁ、そんな見解が出てくるもんだ。

「強制加入とはいえ、自分を高める活動をしていきたいわ。文芸部はその点でとても魅力的ね」

「……そ、そう。キ、キミガソレデイイノナラ……」

 まぁ、どちらにしろどこかに入部しなければならないのだから自分が気に入った所にいけばいいと思う。俺としても見目麗しい女子が増えることは単純に喜ばしいからな。余談だが、文芸部女子のルックス偏差はかなり高いことを追記しておく。先ほどからにこにこと微笑んでばかりの先輩たちも中々の美形揃いではある。そんな楽園のような我が部に男子部員が寄り付かない理由はひとえに隼人の存在によるものだったり。

『だーかーらー、私は読破後の感想としてなら……!』

『メディアミックスとしての在り方が……』

『………………(にこにこ)』

「………………」

 ……少しは俺の苦労にも気をかけてくれると嬉しいんだがなぁ。



 やや長い一本道を柚繰と連れ立って歩く。夕暮れの柔らかい光に照らされ、俺たちの前には長い影が出来ていた。あの後、収集のつかない議論を最終下校時刻の鐘が間に入って止めてくれた。議論はまた後日とのことだが……次回は居ないようにしよう、と心の中で固く誓ってみたり。
鞄を引き取りに一旦教室に戻った後、神谷先輩たちとは校門の前で別れ春菜も先ほど十字路の向こうへ消えていった。去り際の奴の顔が満ち足りた表情をしていたので余程今日の議論に満足したのだろう。足取りも軽く夕日を背に受けて去っていった。

 辺りは既に茜色に染まっていたが、だんだんと東の空から夜の帳がおりてくるのが分かった。暖かくなったとはいえ、暦の上では四月だ。夜になる時刻もまだ早い。

「ふむ、春になったとはいえ、この時間はもう薄暗いな。夜道は女の子に危険だし転校初日のお祝いで家まで送ろうか?」

 別にこの街の治安が悪い訳ではないが、夜道を女の子一人で歩かせる訳にはいかない。なぜなら俺は紳士だからだ。これが優香や春菜なら危険は無いというか襲おうとしたヤツが可哀想というか……流血は確実なのである。勿論襲ったヤツが血を流すのだ。優香はもとより意外とあのチビ娘も危険なんですよ?

「へぇ……意外と紳士的なのね。何故お祝いされるのかは分からないけど」


 柚繰は驚いたよう(多分)に首を傾げる。その萌えな仕草がかなり僕チンのハートにどストライクなのデス。

「あぁ、ジェントルマンだからな俺は。女の子(優香と春菜は除く)には出来る限り優しくするのが巻坂家の家訓なのだよ」

 ガハハハと隼人チックに盛大に笑う。ちなみに巻坂家にはそんな気の利いた家訓は存在しないが。これは、俺の尊敬する英国紳士(肩に星型の痣がある)に倣っているのだ。

「ありがとう。でも近いから大丈夫よ。そこを曲がればすぐだから」

 柚繰は三十メートルぐらい先にある曲がり角を指差しながら言う。俺はその道の向こうをあまりよくは知らなかったが、子供のときの記憶が確かなら何か潰れたお店とかだだっ広い公園があった気がする。

「そうか。まぁ、近くだからって気は抜くなよ? 帰るまでが学校ってよく言うからな」

 ……はて、帰るまでは遠足だったか? それとも修学旅行?

「ありがとう紳士の浩之君。それじゃ、また明日ね。ごきげんよう……」

 と、柚繰は上品な淑女のようにさらりと段違いにカットされた綺麗な髪の毛を風に揺らさせ、柚繰は曲がり角を曲がっていった。そのまま一度も柚繰は振り返らずに風に髪をたなびかせ歩いていった。ん? 今何か違和感が?

 俺はその後姿をしばらく見送って、桜の樹から舞散った花びらが波のように翻る中、自分の帰り道に着いた。

こうして俺の新学年初日は過ぎていった。何かと充実した一日だった気がする。

 家に帰ると晶がすぐにプロレスを教えて、とせっついてきたので軽く朝の復讐を込めて逆エビ固めとスリーパーを教えると、すぐに夕飯の時間になってしまった。本日の夕飯は大盛りのカルボナーラパスタとレタスとツナとミニトマトが入ったサラダ。僕チン非常に満足でした。

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