天地壊拓

熱き冒険者

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第4章 約束

Ⅴ 協力作戦

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 地恵期20年 6月24日

 ブルシネッサ ブイルド区中央部 立ち入り禁止区域 正午頃



 ドゴォォォンッッッ!!! 

 何度殴り飛ばされただろう。既に体の感覚も失いかけている。それでも、イーロンは再び立ち上がった。 

 口元についた血を拭い去り、痛みに耐えながら歯を食いしばる。走る事はとうに出来ない。ならば、脚を引き摺ってでもアーモラームズを追いかける。 

「待てよデカブツ・・・。悪いが、まだ俺は諦めたつもりはねぇからな・・・!」 

 これ以上、ヤツを進ませる訳にはいかない。 

 それは、男を助けたいからという理由だけではない。寧ろ、助けを求める人を助けたいという、自分の信念を貫くためだ。 

 その消えかかるような言葉が届いたのか。アーモラームズはゆっくりとイーロンの方へ振り向き、拳を握った。 

「ヒッ。そう来なくっちゃなぁ・・・!!!」 

 顔に笑みを浮かべると、イーロンは最後の力を振り絞って右の拳を固く握り、力強く構えた。息を大きく吸い込み、そして吐く。呼吸に共鳴したフルメタルは銀色に輝き、その硬度を増した。 

 ━━━━━━「メタルフィスト」━━━━━━ 

 拳と拳。2つの鉄拳が空気を唸らせながらぶつかり合う。その衝撃は両者の肉と骨を伝わり、全身をビリビリと震わせた。 

 しかしイーロンの全身全霊の一撃でさえも、アーモラームズの拳を打ち砕くには到底足りなかった。 

 ピシッ 

 パリィンッ! 

 先に砕けたのはイーロンのフルメタルだった。衝撃を受けすぎたフルメタルは、その強大な力の衝突に耐えきれずに粉々に砕け散った。空に舞った破片が街の光を乱反射して、イーロンの視界を狂わせる。 

 ピシャアッ! 

 同時に、イーロンの右手から鮮血が噴き出る。指の骨までも砕かれたその右手は、当然使い物になるわけがなかった。 

「ぐわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 

 痛々しい断末魔。銀色だったアーモラームズの右腕はその血を浴びて赤黒く変色した。そしてその叫びに気を留めることも無く、アーモラームズは二撃目を繰り出した。 

 ドゴォォォンッッッッッ!!!!! 

 空を切り裂く無情な轟音。土煙が舞う。先程までより一層大きなその衝撃は、周囲に立ち連ねる建造物さえ揺らした。 

  

 しばらくして辺りがシンと静まり返る。アーモラームズが腕を上げると、そこには既にイーロンの姿は無く、あるのはただ、大きくひび割れた大地のみだった。 



「・・・あんた、前よりも重くなったでしょ。」 

 アーモラームズを見下ろしながら少年を置き、赤髪の少女は呟いた。 

「ふんっ・・・悪かったな、ネリア。」 

 イーロンの弱々しい返答に、ネリアは笑みを浮かべた。 

「あんたが死んだらアタシの弄る相手が1人減るのよ。あんま無茶しないで。」 

「チッ、そういう事なら死んどいたほうが良かったぜ・・・。」 

 舌打ちをして悪態をつくイーロンを無視し、ネリアはイーロンの無線を奪った。 

「こちらネリア。イーロンの救出は成功しました。そっちは?」 

「もちろん、要救助者の救出は成功したッス!」 

 ビゲロの声の裏から、先程の男性が感謝をしている声が聞こえた。ネリアは安堵のため息を漏らし、その事をイーロンに伝えた。 

「そっか・・・よかった・・・・・!」 

 まだ動く左腕を頭に乗せて安心するイーロン。その手の中に、銀色に光る平らな物体が握られているのにネリアは気づいた。 

「あんたが持ってるその平べったいの、何?」 

「あぁ、これか?アイツの鱗だよ。さっき二撃目が来る前に、やけくそで鱗を剥がそうとしたら、意外と簡単に剥がれたんだよ。」 

 イーロンの手の中で輝くその鱗は、巨大化しているにしては思いの外小さなものだった。 

「鱗が剥がれた?・・・・・それですわ!」 

 無線が震える。たまたま無線を通してその会話を聞いていたリテレが、何かを思いついたかのように突然叫んだのだ。 

「鱗を剥がすことが出来れば、わざわざ目を狙い打たなくてもアーモラームズを倒す事は可能ですわ!」 

「でも、どうやって剥がすつもりッスか?動きが遅いとはいえ、近づいて攻撃を喰らったらひとたまりも・・・」 

 そんなビゲロの質問に対し、待っていたと言わんばかりにリテレは食い気味に答える。 

「そこで必要になるのが、ネリアさんとワテラロンドさんですわ!」 

「ア、アタシ!?」 

「・・・私が?」 

  

 《ウンディーネ》
 それが、キュアレが持つ〈水〉のオブジェクトの名称である。
 非戦闘時は20㎝程度の長さの棒にすぎないが、キュアレの意思に反応してその先端から特殊な水を放出することが出来る。その水は最大100mまで放出することが可能で、放出する長さによってその水の水圧が変化する。 

 数十m放出すれば鞭や拘束具として使うことが出来るし、数m単位ならば軽量且つかなりの切れ味を持った長剣として扱える。そして極限まで短く放出する事で、あらゆる物体を切り刻める超高水圧ウォーターカッターになるのだ。 

  

 すなわち、ネリアがキュアレを抱きかかえてアーモラームズを翻弄し、キュアレがウォーターカッターで鱗を剥ぎ取る。そして無防備になったアーモラームズにジョットがとどめを刺す。
 それがリテレの考えた作戦であった。 

「待って待って!じゃあ、アタシがウンディーネ使うんじゃだめなの!?」 

「それは不可能。ウンディーネの水圧調整は、一朝一夕で出来るような簡単なものではないわ。」 

 ネリアの意見に反論するキュアレ。その揺るぎない氷像のような冷たい顔を見て、彼女の前ではどんな言い分も無駄だと悟り、一つ溜息を吐く。 

「はぁ~・・・。分かりましたよ。それしか方法が無いってんなら、やるしかないでしょ?」 

 その言葉に、キュアレも無言で頷く。 

「私達もバックでサポートしますわ。決して無理はなさらぬよう、お願いしますわ。」 

「「了解。」」 

 気だるげな返事と無感情な返事が重なった。 

  

 ドヒュン! 

 作戦開始の合図が鳴るように、ジョットのDARKNESS BLACK HAWKが火を噴いた。その標的は言うまでもなくアーモラームズ本体だ。
 銃声に気を取られてジョットのいる方へと向かったその隙を狙って、ネリアはアーモラームズの後ろから糸を巻き付けたダガーを投げる。 

 ガシンッ! 

 右腕にある僅かな鱗の隙間に、綺麗にダガーが刺さった。 

「ちゃんと掴まってなさいよ!」 

 その掛け声と同時に、ネリアとキュアレの2人はスピードを合わせて走り出す。同時に、ダガーが刺さったことに気が付いたアーモラームズが後ろを振り向いた。 

「今!」 

 その瞬間、キュアレはネリアに抱き着き、ネリアが全力でジャンプをする。振りむいた回転を利用してぐるりとアーモラームズの背後に回ると、一気に糸を短くして接近する。 

「ここっ!」 

 ジャキンッ!! 

 ネリアの声にタイミングを合わせて、キュアレがウンディーネを振るう。数㎝足らずの水剣は鱗と皮膚の間を縫い、魚の鱗を剥ぎ取るようにその装甲を切り裂いた。剥ぎ取られた鱗がウンディーネの水滴を浴びてキラキラと輝く。背中から右腕の先端にかけて鱗が剥ぎ取られると、グロテスクな赤い皮膚が姿を現した。 

「次行くわよ、次ぃっ!」 

 もう一度周囲の建造物にダガーを刺して移動し、距離を取る。ネリア達の居場所を補足したアーモラームズがすぐさま反撃を試みるが、鱗の剥がれた部分をジョットが狙い撃つ。 
 そうして怯んだ一瞬のスキを突き、今度は向かい側の建造物にダガーを刺す。即座に飛び出しターザンのように空中を移動すると、緩やかな逆アーチを描きながらアーモラームズの胸部と腹部の鱗を剥ぎ取る。 

 ジャキジャキンッ!! 

 向かい側の建造物に辿り着くと、ネリア達の動きに混乱したアーモラームズの左肩目掛けて、間髪入れずにダガーを刺し、体操競技の如き軽やかな身のこなしで足場を蹴る。 

「目ぇ回すんじゃないわよ!」 

 体を大きく捻り、回転運動を加える。遠心力を利用してそのうねりは徐々に激しさを増していき、遂にはリボンの様な回転を生み出す。 

 ジャキジャキジャキジャキンッ!!! 

 リンゴの皮むきの要領でアーモラームズの左腕の鱗を切り刻んだ。渦状に剥ぎ取られた鱗は、連なった一本の皮のようになって地に落ちる。 
 そしてダガーを抜いて上空に放り出された2人は、アーモラームズの後方目掛けて落下する。 

「これでも喰らえぇぇぇ!!!」 

 テンションの上がったネリアを横目に、キュアレは表情一つ変えることなく静かにウンディーネを構えた。 

 ジャキィィィンッッッ!!! 

 剥ぎ残した背中と足の鱗を、落下の勢いも加えて一気に切り落とす。全身のほぼ全ての鱗を剥ぎ取られたアーモラームズは、赤い血を滲ませながらその皮膚を露呈させた。
 しかしそんな痛々しい状況でも尚反撃を試みるアーモラームズは、足元にいるネリア達の姿を確認し、拳を振り上げる。 

  

 ━━━━━「銃撃王手 アブソリュートキル」━━━━━ 

  

 刹那、DARKNESS BLACK HAWKのスコープがキラリと光を反射した。
 狙いを定めた細い銃口に禍々しい黒い光が収束し、周囲の空間が微かに歪む。引き金が引かれたその瞬間に、放たれた弾丸は黒い光を纏いながら何倍にも大きさを増していき、空気を切り裂きながら目標目指して飛んでいく。それはライフルによる射撃の域をとうに越え、まさしく黒い光線の如き姿と弾速で、アーモラームズの胸を貫通した。 

「・・・・・チェックメイト。」 

 その言葉に重なって、撃ち抜かれた風穴から深紅の血が滴り落ちる。魂を失った肉塊はそのままバランスを崩し、大きな音を立てながら地面に横たわったのだった。 
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