天地壊拓

熱き冒険者

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第3章 悲劇の成れの果て

Ⅲ 少年隊のリーダー

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地恵期20年 3月17日
ポーレル 北部 午前8時頃



 
「ただいまー・・・って、あれ?おじいちゃん、この人は?」 

「おお、帰ったか、チフル。こいつは今日からここで暮らすことになったレハトだ。仲良くしてやってくれ。」 

 というわけで、俺はこのマケラ=ベアーウと名乗る男・・・もといマケラおじさんの元で暮らすことになった。

 いや、弁解させてほしいのだが、俺は一言も住むだなんて言っていない。
 言っていないのだが、何故かこのおっさんが否応なく住まわせようとしている。

 確かにこんな治安の悪くて何もない場所で一人で生きていける自信は無い。

 それにオブジェクトをここに隠せるという点でも有難くはあるのだけど。



 そんなこんなでおっさんの妄想癖に付き合っていると、数分後に俺と同い年くらいの女の子が帰って来た。 

 色白の肌に整った顔立ち、肩まで伸ばした髪は黒く、こんな街に住んでいるのに清潔感が一目で感じられる。
 体格も健康的で、綺麗めな白いパーカーを着ている、いかにも普通の女の子といった感じだ。 

「もう!勝手にそんなの決めないでよ!ただでさえ生活厳しいのに、どこの誰かも分からない人と暮らせっていうの!?」 

 彼女からしてみれば至極真っ当な意見だが、そう言われるとちょっと傷つくな・・・。 

「まあ落ち着け。こいつも俺達と同じように別の街から来たみたいなんだ。そんな奴に1人で暮らせってのは、ちと酷じゃねぇか?」 

 それを聞いて、彼女は少し動揺する。

 おっさんをおじいちゃんと言っているという事は、おそらく孫娘なのだろう。
 つまり彼女もブルシネッサ出身。
 別の街から来た者同士、おっさんにも彼女にも、俺に同情する何かがあるのだろう。

「別の街って・・・もしかしてブルシネッサ出身?」 

「いや、マインズ出身らしい。それよりレハト。お前はボケっとしてないで自己紹介でもしろ。」 

 おっさんは、座りながら2人の会話を聞いていた俺に向かってそう言った。

 自己紹介なんて言われても、別に彼女と暮らすつもりもさらさらないのだが・・・。

 困惑しながらも、俺は仕方なく自己紹介をする。

「え?あ、どうも。レハト=ダイアって言います。えーっと、この方は・・・?」 

 このおっさんが俺と同年代の女子と暮らしているなんて一言も聞いていない。
 早急な説明を求めて、俺はおっさんに話を振る。

「あ、言ってなかったか?こいつは俺の孫のチフル=ベアーウ。17歳だ。」 

 17歳という事は俺と同い年だ。
 まさかこんな場所で同い年の女子と同じ屋根の下で暮らすとは思ってもみなかった。

 いや、暮らさないけど。

「自己紹介なんてどうでもいいの!」 

 俺の言葉を代弁するように、チフルと呼ばれた少女は声を荒げる。

 彼女のおっしゃる通り、自己紹介なんてどうでもいいのだ。

 俺はマインズに帰りたくて、彼女も俺をここに置いておきたくない。

 なのに、このマケラとかいうおっさんは何故俺をここに暮らさせようとするのだか。

「おじいちゃん分かってる!?支給される食糧とか水にも限度はあるし、そもそもこの人は本当に信用できるの!?寝てる間に殺される可能性だってあるんだよ!?」 

 それはそうだ。
 これだけ治安が悪ければ俺が悪人である可能性も十分考慮すべきだ。
 寧ろおっさんには危機感が乏しいと言わざるを得ない。 

「だから落ち着けチフル。こいつが悪人じゃないってことは俺が保証する。」 

「そんな根拠どこに・・・って、そこにあるのってもしかしてオブジェクト・・・?」 

 チフルは俺のグランディウスを発見した途端、何か察したようにため息をついた。 

「はぁ・・・。おじいちゃんがあなたを庇おうとする理由がなんとなく分かったわ。そのオブジェクトを見る感じ、あなたトレイルブレイザー?」 

「まぁ、試験には落ちたけど・・・。」 

 俺は、自分がここに来たいきさつを大まかに2人に伝えた。 

  

「待って待って。ツッコミどころが多すぎるんだけどまず聞かせて。あなたオブジェクトで頭殴られたのに、なんでそんなピンピンしてるの?」

 言われてみればそうだ。
 完全に怪我の事を忘れていた。
 殴られた直後は死を覚悟するレベルの重傷だったのに、何故今はほぼ完治してるんだ?

「いやぁ・・・。元から丈夫な体だから、治りも早いんじゃないですか?」

「あなたばかぁ?死んだと勘違いされるレベルの怪我が、そんな簡単に治るわけないでしょ!?・・・まぁいいわ。それで、あなたが目を覚ました時にはポーレルの墓地にいたと。」

「そうです・・・って何?今墓地って言った?」

「ああ。聞かされてないのね。なら教えてあげる。」

 彼女曰く、ポーレルで死んだ人間のほとんどは墓地に送られるらしいが、手間や場所の都合上、死体を土に埋めて墓石を建てるようなちゃんとしたものではないらしい。

 ポーレルの近くにある広い空洞に、ゴミのように死体を投げ捨てるというのだ。

 つまり、俺が最初にいたあの死体の山こそ、その墓地というわけだ。

「なるほど・・・。それにしても、あの光景は思い出すだけでも吐き気を催すな・・・。」

「無理もないわ。寧ろ、死体の山に放り込まれても正気を保っていられるあなたが凄いんだけど。あなたの服が一部無くなっているのは、墓地にいる間にポーレルの人間が身包みを剥がしたんでしょ。オブジェクトとその袋が残っているのは運がよかったとしか言えないわね。」



 つまり、俺がここに来た経緯をまとめると、

 ・【エビリア・ファミリー】とかいうマフィアの傘下グループに絡まれる。

 ・殴られて殺されかける。

 ・死んだと思われてポーレルの墓地に送られる。

 ・気絶している間にポーレルの乞食に服を奪われる。

 ・目覚める。

 といった風になるだろう。



 あまりにも馬鹿げた展開だが、一先ず大体の疑問は解決された。

 しかしそんな事より、一体どうやってここを脱出するかなのだが・・・。



「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 

 その時、遠くの方で叫び声が聞こえた。大量の土煙が上がり、そこから大量のクリーチャーの影がうっすらと見えた。 

「な、何だ!?」 

 俺は動揺しながら2人の方を向いたが、彼らは一切動じることなく落ち着いた様子でその場から逃げる準備をしていた。 

「おそらくクリーチャーが出没したんだ。ほら、お前も早く逃げるぞ。」 

 マインズやユーサリアにも、稀に街中でクリーチャーが出没する事がある。
 その場合は、パトロールしていたトレイルブレイザーが警察と協力してクリーチャーと討伐する事になっている。

 しかし、この街には警察もトレイルブレイザーも存在しない。
 よって、下級であれば数十人の人間が協力し合って自力で討伐し、中級以上であれば通報を受けた警察が助けに来るのを待つしかない。 

「逃げるって言ったって、人が襲われてるんだぞ!?見捨てるわけにはいかないだろ!」 

 俺が指さした先には、人と同サイズの体格を持つ鼠型クリーチャー{ブロブマウス}の群れが人を襲っていた。 

「お前は馬鹿か?一人で突っ込んだって無駄死にするだけだ。襲われた奴らは運が無かったと思うしかない。」 

 落ち着いた調子でそう言い放つおっさんの肩を無言で押しのけ、部屋の隅にあるグランディウスを持ち上げる。 

「おい、お前本気であのクリーチャーに挑むつもりか?」 

「無駄死に?運が無い?知ったことかよ。俺は目の前で罪の無い人が死ぬのを、黙って見てるだけの人間になりたくないだけだ。」 

 その言葉を聞いたおっさんは、現場に向かおうとする俺の背中に向けて呆れながら突き放す。 

「・・・あぁそうか。なら勝手に突っ込んで死ね!」 

「・・・そうさせてもらいます。」 



 ブロブマウスは、人と同じくらいの体躯を持つ太ったネズミ型の下級クリーチャーだ。
 ポーレルでしか発見されておらず、強靭な前歯で人を噛み殺す。
 下級とはいえその強さは中級に迫る勢いであり、耐久力に長けているが動きは鈍い。
  


 叫び声があった場所に着くと、8匹ほどのブロブマウスがチューチューと鳴きながら人々を襲っていた。

 その足元には、既に殺されてしまった人達の死体が無残に転がっている。

 俺は逃げ惑う人達の波に逆らうようにして、彼らの正面から迎え撃つ。 

「かかって来いよデブネズミ!ここからは俺が相手だ!」 

「チュチュウゥ!!チュチュッチュウゥゥゥ!!!」 

 挑発に乗って勢いよくこちらに走り出して来る間に、俺は足を大きく広げ、力強く大地に張り付く。
 グランディウスを高く振り上げ、息を大きく吐き、そして力任せに地面に叩き付ける。 

「うおおおおおお!!!」 

 ガガガガガガガガガンンンッッッッッ!!!!! 

 衝撃を受けた大地は巨大な棘となって、下方からブロブマウスの腹を串刺しにしていく。

 しかし何匹かのブロブマウスは、棘を飛び越えながらこちらに突っ込んでくる。

 即座にグランディウスを逆手に持ち替えて、腰を大きく右に捻る。

 先頭のブロブマウスが飛び掛かったのを視認すると、右腕を大きく振りかぶってブロブマウスの巨体をグランディウスで直接打撃した。 

 ドンッ! 

 全身に激しい衝撃が加わり、殴られたブロブマウスの骨が体内で粉と化す。

 後ろから続いて襲い来るブロブマウスに備えて、後方に殴ったブロブマウスを吹っ飛ばしながら、左脚で思いっきり踏ん張る。

 反時計回りの回転運動を左脚を軸にすることで活かし、回転の勢いのまま右脚と下に突き立てたグランディウスで体を支える。

 背中を大きく反らし、背筋で体全体を引っ張る。

 真っ直ぐに伸ばされた左脚が回し蹴りの要領で投げ出され、2匹目のブロブマウスの顔面に横方向からの左踵蹴りが炸裂した。 

 ゴシャアァッッ!! 

 更に続けざまに襲撃してくる3匹目には、グランディウスを持つ両手を離しながら左右の大殿筋で空中回転を維持し、右脚の爪先から回し蹴りを喰らわせる。 

「どおりゃあああぁぁぁぁぁ!!!!!」 

「ヂュウゥッッッ!?」 

 俺の叫び声とブロブマウスの断末魔が轟く。

 足にかかる超重量の負荷に負けないように空中で全身の筋肉をフル稼働させ、回転の勢いを100%利用する事で500㎏を優に超えるブロブマウスの巨体を蹴り飛ばした。 

 が、ブロブマウスの攻撃は留まることを知らない。

 まだ2匹ほどのブロブマウスが左右から迫ってきている。 

「懲りねぇ奴らだな。・・・いいぜ。そんなに死にてぇなら見せてやる。俺の必殺━━━━━」 

 ビュビュゥン!! 

 ザシュザシュッ!! 

 空気を切り裂く鋭い音が連続で鳴り響き、俺の体をすれすれで通りすぎながら、2匹の体の前足に1本ずつ刺さった。

 撃たれたブロブマウス達が動きを鈍らせたその瞬間、弾幕のように沢山の石やら木材の破片やらが一直線に放たれた。 

「な、何だ!?」 

 急いでその場を離れて物陰に隠れる。

 弾幕が張られている方を向いてみると、十数人の若者達がパチンコやらボウガンやら弓やらで攻撃しているのが見えた。

 中には猟銃や拳銃を持っている者までいる。 

「あれでブロブマウスをやっつけようってのか!?」 

 下級クリーチャー相手なら確かに通常の兵器による攻撃も通用する。

 とはいえ、重火器はともかく、ただでさえ脂肪が厚くて防御力が高いブロブマウス相手に、石なんか投げつけても大したダメージには・・・。 

 バンッ!バンッ! 

 複数の乾いた銃声が耳を貫き、火薬の臭いが広がる。

 数秒の沈黙が流れた後、標的となっていたブロブマウスはどちらも動かなくなった。



 が、その射撃隊の背後からブロブマウスの影が二つ。 

「俺が蹴り飛ばした奴らがあんな所に!」 

 狙われている射撃隊がその陰に気づいている様子は無い。

 かと言って、距離的に走って間に合いそうもない。 

(どうする?グランディウスを投げるか?いや、それだと一匹にしか攻撃できない・・・。地面から棘を出そうにもここからだと射程外だし・・・。) 

 悩んでいる隙にも、ブロブマウスの足が止まることはない。 

(くそ!こうなったら一か八かグランディウスを投げるしか・・・!) 

 そう考え、身体を大きく横に反らしたその時。 

「耳を塞げ!」 

 ブゥン! 

 聞きなれない声がした直後、どこからともなく鉄の塊がブロブマウスの眼前に投げ込まれた。

 そしてその直後、鳴り響く轟音と眩い閃光。 

 ギィィィィィン・・・ドガンッッッッッ!!!!! 

 何が起こったかも分からぬまま、咄嗟に目を塞ぎ体を伏せた。

 それなりに距離は離れているはずだが、その音と光は凄まじく、耳を塞いだのに耳鳴りがする。 

(急に何が起きたんだ?さっき投げられたのは爆弾か・・・?) 

 恐る恐る瞼を開くと、ブロブマウスの体には鉄の棘や矢などが多数刺さり絶命していた。

 脂肪が多く防御力が高いといえど、ここまで攻撃されればひとたまりもないだろう。 

「さっきのはただの閃光弾だ。」 

 横から現れたのは、先程の聞き慣れない声の主。

 地肌は黒く、髪は丸刈りの13歳くらいの少年だが、目つきは蛇のように鋭く、低身長の割に体格も逞しい。
 服装は他のポーレル人と同じくボロボロの服を纏っているだけだが、その体格や声の逞しさも相まって、とても年下のようには思えない。 

「君は?」 

 その言葉を聞いた瞬間、彼は小さく舌打ちをした。 

「人に名前を聞く前に、まず自分から名乗ったら?」 

「あっ、ごめん・・・。」 

 何この子、凄く怖いんだけど。
 この子の声から少しも優しさとか温かみとか感じないんですけど。 

「そいつの名はエージ。少年隊のリーダーだ。」 

 そう説明してくれたのは、俺達の戦闘を陰から見ていたマケラおじさんだ。 

「おっさn・・・じゃなくて、マケラおじさん!この子と知り合いなn」 

「まあな。ポーレルには、オブジェクト無しでも倒せる下級クリーチャーが出現した時の為に、少年隊っつー戦闘部隊があるんだ。こいつはそのリーダーのエージ。主にクロスボウと自作の爆弾を扱う。」 

 そう紹介されたエージは機嫌が悪そうに俺の方を睨む。 

「ジジイ。こいつは?」 

 少年は悪態をつきながらおっさんに説明を求めている。

 怖い怖い。 

「あ?こいつはレハトだ。ついさっきポーレルに迷い込んだマインズ人らしい。」 

「マインズ人・・・。ってことは、あんたが持ってるそのハンマーはやっぱりオブジェクト?」 

 今までの冷たい対応とは裏腹に、やけに興味深そうにオブジェクトに食いついてきた。 

「あぁ、そうだぜ。これはグランディウスって言ってなぁ。〈土〉のジェクt」 

「ふ~ん。」 

 グランディウスがオブジェクトと分かった途端、俺の説明そっちのけでにやりと不敵な笑みを浮かべたエージに、何故だか寒気を感じた。 

「えっ・・・。ど、どうしたんですか・・・?」 

 後ろでこのやり取りを見ていたマケラおじさんが頭を抱えて呆れているのが見えた。

 一体どうしたというのだろう。 

「レハトさぁ、ちょっと俺と手合わせしてくれない?命と命を賭けた"殺し合い"で。」 

「・・・・・え?」 
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