天地壊拓

熱き冒険者

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第2章 たった一日だけの恋

Ⅶ 不思議な気持ち

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地恵期20年 4月16日
フロンティア36km地点 午後0時15分ごろ



 * * * * *

 小さい頃の記憶は、今でも昨日のことのように思い出せる。

 湖の湖畔で一緒に水浴びをしたり、家の中でかくれんぼをした。
 庭で花の冠を作ったり、手を繋ぎながら添い寝した時もあった。

 あの頃はずっとお姉様と一緒で、私の人生は楽しい事で溢れていた。

 お姉様と一緒なら、何も怖くなかった。

 どこへでも行ける気がした。 



 私はある日、博物館の中で迷子になったことがある。

 周りにある動物の複製や写真が、全て私を睨んでいるように見えて、とても怖かったのを覚えている。 

「ゔっ、ひっぐ・・・!怖いよぉ・・・。おかあさま・・・!おとうさま・・・!おねえさま・・・!みんな、ゔっ・・・どこいっちゃったの!?」 

 私は泣きながら歩き回って、気づいた時には誰も来ないような場所でひっそりとうずくまっていた。

 閉館間際になっても誰にも見つけてもらえなくて、深くなっていく闇に怯えながら、私はずっと泣いていた。 



 そんな時、聞き知った優しい声が館内に響いた。 

「ファレム・・・?ファレムなの!?」 

「・・・・・おねえさま?」 

 互いの声を聞いた瞬間、私とお姉様は同時に走り出し、強く抱きしめた。

 その胸はとても温かくて、柔らかくて、安らぎに満ち溢れていた。

 見上げると、そこには涙を浮かべたお姉様の笑顔が見えた。

 それはとても晴れやかで美しく、今も鮮明に思い出せる。

 その安堵感から、私の目からは再び涙が零れだした。 

「ごめんねファレム・・・。ずっと探してたんだよ?もう絶対、あなたと離れたりしないから・・・!」 

「うわぁぁぁん!!!おねえさまぁぁぁ!!!!!」 


 私のお姉様はいつも強くて、賢くて、優しかった。

 私の生きる希望であり、全てだった。

 だからこそ私はお姉様の期待に応えたかったし、お姉様が信じる両親の期待にも応えようと努力した。 



 けれど、現実は上手くいかなかった。 

  

「ファレム、何でこんな問題も分からないの!?」 



 ———やめて。



「この程度の運動もできないなら、もうやめてしまえ。」 



 ———失望しないで。



「ファレムさん、少しはお姉様の事も見習ったらどうですの?」 



 ———責めないで。



「ファレム。お前はもうこの家の娘ではない。出ていけ。」 



 ———もうやめて!!!!!





「ほら、お嬢様。不出来な妹様の事はよいですから、稽古に行きましょう。」 

「で、でも・・・」 

「何度言ったら分かりますの!?あの方は最早ワテラロンド家の人間ではございません!」 



 みんなみんな、私から離れていった。
  


「お姉様、私、もっと頑張りますから・・・。ですからどうか、お姉様だけは・・・!」 

「ファレム。」 

「は、はい・・・。」 

「あなたの声はもう聞きたくありません。早く私の部屋から出て行ってください。」 

  * * * * *
 


 私だって頑張っているのに、どうして誰も認めてくれないの?

 期待に応えることが全てなの? 

 お母様からもお父様からも使用人からも見限られて、挙句の果てに、唯一の希望だったお姉様からさえも・・・。

 いつからか、私の人生は恐怖で溢れていた。

 今日もまた失望されるのではないかという恐怖。
 いつ家から追い出されるか分からない恐怖。

 今日は何を言われるだろう。
 何を投げられるだろう。
 誰にがっかりされるだろう。

 そんな人生なんて投げ出してしまえと何度も思ったけれど、自殺する勇気さえも私には無かった。 



 戦闘試験もまっとうに出来ないまま、遂にトレイルブレイザーの選考試験が始まった。

 不安で眠れなかった早朝、ふと出かけた時に出会ったのが、あの少女と、レハトという男。

 あの時の私なら、本当にあの少女を撃っていたかもしれない。

 そして二次試験の時も、私は本気で奴を殺そうとしていた。

 だからこそ、私が人殺しになるのを止めてくれたレハトという男にはとても感謝している。

 もし誰かを手にかけていたら、私はきっともう戻れなくなっていたから。 



 私は、ただみんなに認められたかった。
 期待に応えられる自分でいたかった。

 でもまた誰かに失望されるのが怖くて、無意識のうちに意地を張って、人を遠ざけていたんだ。 

 私は誰からの期待にも応えられない価値のない人間かもしれない。

 だけどもし、叶うのならば、私は・・・私は 



「私は、みんなから認められたいよ!!!!!」 



 僕は、ファレムを抱きしめた。

 細くて頼りない腕かもしれないけど、涙をこぼしながら辛い過去を明かしてくれたファレムに、少しでも僕の気持ちを表現したかった。 

「僕は認めてるよ、ファレムのこと。家族や周りの人から何をされても、それでも諦めずに頑張ろうと思える人が弱いわけないじゃないか。」

 彼女の体温が高まるのを感じる。

「誰かに認められることは決して簡単なことじゃない。きっとファレムも、何度も何度も辛い思いをしてきたんだと思う。でも、1人で認められようとしなくていいんだよ。1人で強くなろうとしなくていいんだよ。」

 彼女の手が、僕の体を抱き返す。

「さっきの戦いみたいに、ファレム1人の力でも、僕1人の力でも敵わない時はたくさんあるけど、僕達2人で戦ったからこそ勝利に繋げられたじゃないか。だから、みんなで力を合わせて、少しずつ少しずつ強くなって、認められるようになろう。」 

「・・・うん!」 

 互いを抱く腕に、自然と力が入った。

 僕の横にあるファレムの小さな顔に溢れていたのは、冷たく哀しい涙ではなく、炎のように明るい笑顔だった。 





「・・・そろそろ戻ろうか?」 

 少しの間抱擁を交わしていると、なんだか恥ずかしくなってきた。 

「そ、そうね。・・・ロ、ロビンは先戻ってていいわよ。私はもう少しここにいるから。」 

「う、うん。分かった。」 

 そう言われたので、一先ず僕はその場を後にする。 

 ・・・あれ?

 今ファレムが僕の事を「ロビン」って呼んだような・・・?

 まあ、気のせいか。

  

「はぁ・・・・・。」 

 ロビンが先に戻り気を整えると、私はその場で仰向けに寝転び、目をつぶる。 

「何してんだろ、私。」 



 私には友達はいなかった。 

 だから、家族以外との人間関係というものがよく分からない。 

 ただ確かなのは、ロビンといるとなんだかドキドキする。 

 さっき一緒に戦った時辺りからかな。 

 あれからまだ数時間しか経っていない。 

 それなのにロビンの事を考えるだけで胸の奥が苦しくなって、心臓が締め付けられるような気がする。 

 何でもないはずなのに緊張してしまう。 

 一緒にいると苦しくなるのに、一緒にいたいと思ってしまう。 

 もっとロビンの事を知りたいと思ってしまう。 
  


「この気持ち、なんて言えばいいんだろう。」 



 ゆっくり瞳を開くと、さっきまでほのかに明るかったはずの空間が真っ暗になっている。 

 金縛りにあったかのように体が動かない。 

 ━━━何かの気配がする。 

 暗闇に浮かび上がる赤い4つの球体。

 動かない口から必死に叫び声をあげようとする。 

「・・・・・キャ・・・・・・・・・・」 
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