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壱・目覚めの刻
明かされる答え。
しおりを挟む「それは……俺にも分からない」
清風は静かに視線を落とした。
「わからない?」
「気が付いたら海を越えて、崖の上にいた。体が濡れていたから海には落ちたんだと思うが……正直記憶がない」
「そんなはずはないでしょう」
予想外の返答に、雲彫は思い切り怪しむような表情を見せた。
「魔族に襲われずに運よく東雲に流れ着き、その上海から八百尺もある崖に気がついたら倒れていた、とでも言いたいのですか?」
「事実だ。お前が信じるかどうかはどうでもいい」
「……」
二人とも黙り込んでしまった。ガタガタと、馬車の車輪が砂利にあたって小刻みに揺れる。
「清風、私たち、海を渡って東雲に来たの?」
そう聞いてみると、彼は紅蘭に目を向け、こくりと頷いた。
「曼華から東雲に渡るには、あの海を越える以外方法はない。 二つの国の崖の間に死海があるから、隣の国に行こうとしたら、必ず危険を冒すことになる」
「それは、魔族が死海に住んでいるから?」
今度は雲彫が口を開けた。
「ええ。 ですが今はすべての魔族が曼華に移ったのか、出没するのは妖魔のみです。 そのおかげで苦戦せずにこちらに来ることができましたが……危ない橋を渡ることには変わりありません。 そういえばあなたはなぜ、危険を背負ってまで東雲に?」
雲彫が再度視線を清風に戻すと、彼は心底嫌そうに眉をひそめた。
「白々しい。 お前たち王宮の官が刺客を送って、俺たちを海に突き落としたんだろうが。 紅蘭を王都から離れた里で身を隠して生きるよう、第二妃様が手配してくれた馬車を狙って」
「そ、そうなの?」
紅蘭は困惑した声を出す。覚えていない。
それは当時赤子だったからだけれど、まさか自分にそんな過去があったとは、と彼女は恐ろしくなった。
「……それは、知りませんでした。それほど正妃様は王位争奪の可能性を恐れたのかもしれません」
「知るか」
清風は憎々しげに吐き捨てた。
「お前たちの考えていることなんてわからない。 わかりたくもない。 ただ唯一幸運だったのは、東雲についてからは刺客も追手も来なかったことだ。 あの時は、王宮の人間はきっと俺たちが死んだと思ったのだろう、と考えたが……お前たちがわざわざ紅蘭を探してたってことは、違うのか」
「いえ」
今度は自分に質問が飛んできて、雲彫は自分の考えを確認するかのようにゆっくりと呟く。
「私も当時は幼かったものですから、記憶が曖昧なのですが。 確かあなたたちが王宮から姿を消して暫くして、王都で紅蘭様の葬礼が行われました。大々的に。 一時的ですが、父上たちや先王陛下は、あなたたちを既に亡くなられたものだと考えたのでしょう。 もちろん、それを目にした曼華の民たちも」
「葬礼!?」
またもや紅蘭は驚いた。知らないことが多すぎて同じ反応しかできないでいる。自分のあずかり知らぬところで自分の葬式が行われていた、というのはなんとも奇妙な話だ。 一度死んで生き返ったみたいで、胸のあたりがむずむずする。
清風も、この初めて聞く情報に一瞬目を瞠り、しかし次の瞬間には顔を歪ませた。
「殺そうとまでした娘の葬礼をよくしようと思ったな」
「大喪の礼は王族の慣例ですから。 当然お二人の遺体はないので、空の棺を使ったのでしょう。 原因は事故死とだけ、明かされていました」
清風は忌々し気に鼻を鳴らした。
「ぬけぬけと……。 じゃあ、そこから一体どうやって俺たちが生きているとわかったんだ」
そう聞かれた雲彫は目線をずらし、紅蘭の脇に置かれている、紫の包みに覆われた箱を見た。長方形の刀箱は、馬車の揺れのはずみでどこかにぶつけて傷がつかぬよう、四方を紅蘭たちの荷物で固定している。
「その流蛍剣が教えてくれたのです」
「えっ、この剣がですか?」
全員の視線が、一挙に刀箱に集まった。そういえばまだ箱を開けてないな、と紅蘭はぼんやりと思った。
「昨夜ご説明しました通り、この剣は初代曼華国王の血を引く王族にしか扱えません。 従って、王の血が完全に絶えてしまえば、流蛍剣は無数の蛍と化して飛び去って行く、との記載があります。 魔族の襲撃で曼華王族は全員息絶えてしまったのに、剣はまだ形を保っていました。 なので私は、あなた方が生きているのでは、と推測を立てたのです」
「ええ……。なんだかすごく現実離れした話ですね……」
「そうでもありませんよ。 曼華史記によりますと、150年前、当時の国王が狂ったように自分の親兄弟や親戚を手にかけた後、病に伏せられ危篤に陥った際に、流蛍剣が光を放ち、刀身から蛍のようなものが出た、とありますから。 ……そもそも流蛍剣は、天帝が初代曼華国王のために蛍を集め、三日三晩で作った神剣なのです。 最終的に蛍となって消えていくのにも納得はいきます」
「えっと……?」
何が何やら、という気持ちでいっぱいになってしまった。天帝とは誰なんだろう。 そもそもなぜその天帝は、初代国王に流蛍剣を授けたのだろうか。 それに、本当は護鳥という単語も、「王を守る一族」というだけで詳しいことは何ひとつわかっていない。 その旨を雲彫に伝えると、彼は「仕方ありませんね」とため息をついた。
知らないことが多すぎて、いちいち説明してもらうのに紅蘭は申し訳ない気持ちになってくる。 けれど、黙っていてはなにもわからない。 理解するためには質問を繰り返すしかないのだ。
「それらを全て理解していただくためには、建国正史を知ってもらう必要があります」
そう言って、雲彫は長い長い、曼華国のはじまりの話を語り始めたのだった。
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