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あらんすみし

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焦燥

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クソッ!クソッ!!クソッ!!!
私は内心焦っていた。
加納はともかくとして、あんな未熟な女にまでこの私が水曜日の切り裂きジャックだと分かってしまうなんて!
私は枕を壁に向かって叩きつけた。
まだ本来の目的である、9人目を殺害した模倣犯の手がかりが見つかっていないのに。
落ち着こう。ここは一旦、体勢を立て直さねば。
幸にして、月島佳子はまだ私の本当の身分にまでは辿り着いていない。
問題は、加納の方だ。まだ私を逮捕しに来ないということは、探偵の言っていたとおり、決定的な証拠が加納の手に渡っていないのだろう。
しかし、あまり悠長なことは言っていられない。
いつ加納が証拠を掴むか、それも時間の問題か。
こうなったら仕方ない。本来の目的は置いておいて、加納を始末することを優先させよう。
しかし、一筋縄ではいかないだろう。探偵の話しでは、加納は年齢の割に武術に長けているのか、大の男を簡単に投げ飛ばせるらしい。正直、接近戦では勝てそうに無い。
ならば、飛び道具か毒ということになる。
どちらも一長一短だ。飛び道具なら距離が離れていても狙えるが、残念ながら射撃のスキルは無い。近づけばいいが、それなら飛び道具のメリットが減少する。
毒なら扱いは簡単だが、ある程度近づかないと毒を盛れない。
加納には面が割れているので近づくのも容易では無い。
さて、どうしたものか。

多くの職員が行き交っている署内。しかし、捜査一課はほとんど出払っていて、静まりかえっている。
そんな中、加納は1人で朝の捜査会議で配られた資料を、穴が開くほど念入りに見ていた。
「加納さん、お客さまがいらっしゃってます。」
1人の巡査が加納を訪ねてきた。
「あぁ、すまない。今行く。」
「こちらです。」
加納は巡査に案内されてエレベーターに乗り込む。
扉が閉まると、エレベーターは静かに降下していく。
4階・・・3階・・・2階・・・1階・・・B1。
「おい、どこまで行くんだ?」
その瞬間、加納の脇腹に激痛が走る。
加納は声も上げられず、その場に崩れ落ちた。
見上げると、そこにいたのは巡査の制服を身に纏っていた、藤井亮一のほくそ笑む姿があった。
「悪く思うなよ。」
そう言うと、藤井亮一は加納の腹へもう一発撃ち込んだ。
加納の体が海老のように反り返った。
藤井は、加納をエレベーターから引き摺り下ろすと、地下2階に放置して行ってしまう。
加納は、遠のく意識の中で河辺に電話をかけた。
『はい。加納さん、何ですか?』
「地下・・・2階・・・」
それだけ言うのが精一杯で、加納は力尽きた。
『も、もしもし、加納さん!?どうしたんですか!?』

近くのカフェで月島と打ち合わせしていた河辺は、何かに突き動かされるように走り出す。
「河辺君!何かあったの!?」
河辺のただなぬ様子を見て、月島も慌てて河辺を追う。
河辺は階段を一段飛ばしで駆け上がり、署内に駆け込む。
その時、1人の巡査とすれ違う。
しかし、河辺は気づかない。その巡査が藤井だということに。
河辺は非常階段を駆け下り地下2階に辿り着くと、そこには血塗れで倒れている加納の姿があった。
「加納さん!しっかりしてください!誰にやられたんですか!?」
しかし、河辺の呼びかけに加納が反応することは無かった。

藤井が署の近くの公園のトイレで服を着替えていると、けたたましいサイレンを鳴らして救急車両が乗り付けているのが見えた。
「あれ、意外に早く来たな。」
署の前は救急隊と報道陣と野次馬で騒然としている。
藤井は、着ていた警官の制服を脱ぎ、持っていた紙の手提げ袋に詰めると、何食わぬ顔をして警察署の前を通り過ぎてホテルへと戻った。
部屋に戻りテレビをつけると、ニュース速報が流れていた。
とどめは刺したし、まぁ、まず間違いなく死んだだろう。
藤井は確信していた。
そしてその夜、事件のことを大々的に報じている夜のニュースの途中で、撃たれた警察官が死亡した、と速報のテロップが流れた。
藤井はほくそ笑んだ。我ながら、うまく出来た。
次のターゲットは、月島だ。










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