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あらんすみし

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河辺と再会して、沢辺とバディを組んでいる加納が北島をマークしているらしい、と聞いたあの日から、月島の心の奥底に溜まっていた疑念が、沸々と沼の底から湧き出る泡のようになってきた。
そんなことを聞いたから、余計にそう見えるようになっただけかもしれないが、振り返るとちょっと疑問に思うこともあった。
なぜ、記者なのにボイスレコーダーはおろか、メモすら待ち合わせいなかったのだろう?始めたばかりだとしても不思議だった。
水曜日の切り裂きジャックについては精通しているのに、他の事件についてはネットニュースの受け売り程度な知識しか無い。
事件についても、どこか他人事のような振る舞いで、犯行声明が発表された日の会見でも、それが周りと違っていて際立っていた。
全て自分の主観かもしれないが、そう考えると北島への違和感が腑に落ちるような気がしていた。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、警察署の前のカフェで朝食を摂っている時だった。
店内に北島と見知らぬ中年男性が入店してきた。
2人は月島には気づかず、警察署の表玄関が見渡せる窓際の席についた。
何をしているのだろう?特に話しに花を咲かせているようでもなく、ただ並んでずっと警察署の玄関を見ている。
月島は、多少のリスクを覚悟で、そっと2人の座っている席に接近してみた。
子綺麗にしている北島と、あまり見た目に無頓着そうな中年男性とは、かなり不釣り合いに見える。
月島は、2人に気づかれないように、そっと動画を撮影し始めてみた。
その数分後。
2人の様子に動きがあった。
北島が警察署の表玄関の方を指差して、何やら同伴の男に耳打ちをしている。
その指差した先には、老齢の男性が出てきたところだった。
「あれは、たしか・・・加納刑事?」
その老齢の男性の姿を確認した中年の男は、店を出て行った。
(あの男が何者なのか、ついていってみよう。)
月島は男を尾行することにした。
目の前を行く男は、一定の距離を保ちながら加納のあとを尾けていた。
何か調べているのだろうか?何を?何のために北島さんは男に加納刑事を調べさせているのだろう?
月島の北島に対する疑念が膨らんでいく。
結局その日は、男は3時すぎまで加納を尾行し、加納が警察署に戻るのを見届けてから立ち去った。
月島は、さらにその男を追跡する。
男は地下鉄を降りると、路地裏の小さな雑居ビルへと入っていく。
月島は下から階段を見上げてみる。
ビルの階段は、最上階の4階まで吹き抜けになっているので、男がどこの部屋に入って行ったのかが見えた。
月島は、靴音が鳴らないように靴を脱いで男が入っていった部屋の前に立った。
その部屋のドアには、大河原探偵事務所、と書かれていた。
探偵?北島は何のために探偵に依頼して、加納刑事を調べさせているのだろう?

その日の夜、月島は河辺にその日あったことを報告した。
地下の食堂の片隅で、河辺にことの顛末を話し、撮影した動画を見せた。
「たしかに、なぜ北島は探偵に加納さんのあとを尾けさせていたのだろう?」
「加納刑事と河辺さんが、自分のことを疑っているんじゃないかと気づいて、探偵に逆に調べさせているんじゃないかしら?」
河辺も月島の推測に同感だった。
加納刑事が北島に接触するのが早かったのかもしれない。河辺はそう思った。
「加納刑事に、このことを伝えておいた方がいいのかもしれないわ。」
月島の提案に、河辺も「そうだね。」と同意した。
「加納さんには、僕から伝えて気をつけるように知らせておくよ。月島さんも気をつけて。」
河辺が神妙な表情で言う言葉に、月島は黙って頷く。
「あっ、そうだ。今回の件のお礼じゃないけど、月島さんに一つ伝えたいことがあったんだ。」
「なに?」
「まだ確定したわけじゃ無いらしいんだけど、犯行声明の要求にあった死刑執行は拒否されることになったらしい。」
そうなんだ・・・月島の胸中は少しばかり複雑だった。
と、いうことは、選挙で勝つために殺人鬼の要求に屈しないことを選んだんだ。次の犠牲者が出るかもしれないのに。
「月島さんの複雑な気持ちもわかるけど、次の犠牲者が出る前に犯人を逮捕するしかない。頑張るしか無いんだよ。」
河辺は、月島の手に、そっと手を重ねた。
そして、そんな2人の姿を物陰から北島が窺っていた。






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