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雀のお喋り
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ドアをノックする音がする。
「どうぞ」
加藤がノックに返事をすると、ドアが開いて小田切が環と美智に部屋に入るように促した。
環も美智も、物怖じするような雰囲気は無く、かえって互いの顔を見合わせてはクスクスと笑い合ったりしている。
「夜遅くにすいません。捜査への協力に感謝します。さっ、そちらへお掛け下さい」
加藤が2人にソファへ座るように促す。
2人は小さな嬌声を上げながら、状況を楽しんでいるようだった。
「まさか小川さんと小林さんが刑事さんだとは思わなかったわ」
美智が笑うと環もそれに同調して、「ねぇ~」と大きく頷いてみせた。
「こうなることを見越してやって来たんですか?」
美智が俺と小川に向かって、溢れる好奇心を隠しきれずに尋ねる。
「早速ですが時間も遅いので、そろそろ事情聴取にうつらせてもらってもいいかな?」
加藤が大きな咳払いをして、2人の関心を自分に向けさせようとする。
環と美智は、ケタケタと笑いながら「ごめんなさい~い」と言って、ようやく事情聴取がスタートした。
「まず、お二人が龍昇ちゃんの部屋に行った時間を教えて下さい」
「えっと、たしか9時15分くらいだったと思うわ」
確かに、藤波綾香の証言と同じで、俺と入れ違いにやって来たようだ。
「お二人はいつも一緒に龍昇ちゃんの所へ来るのかな?」
「いいえ、今日はたまたま途中で環ちゃんと会ったから、一緒に行こうってことにしたの。本当は今日は1人で行こうとしていたの」
2人は互いに視線を合わせて、自分たちの記憶に齟齬が無いことを確認しあっているようだった。
「経緯はわかりました。それでは、お二人が部屋に着いてから後のことを詳しく伺いましょうか」
加藤の言葉には、独特の威圧感が感じられ、環と美智もその迫力を前にして、それまでの楽しげな和気あいあいとした様子も消え失せてしまった。
「お二人が部屋の前にも来た時、部屋の中に藤波さんはいらっしゃいましたか?」
「はい、いました」
「他に誰か見たとか、何か気づいたことはありませんか?」
「廊下は直線だから、誰かが部屋の外にいたら必ず目につくと思いますし、他は特に普段と変わったことは無かったように思います」
基本的に加藤の問いかけには美智が答え、環は隣でそれについて頷いている。
「そう言えば」
それまで美智の言葉に頷いているしかなかった環が口を開いた。
「何か思い出しましたか?」
「なんてことないんですけど、藤波さんに龍昇ちゃんの寝顔を見に来た、と言ったら、龍昇ちゃんはもう寝ているからと一度断られたんです」
「いつもはそんな事ない?」
「はい。でも、いつもより遅く行ったから、それが理由かもしれませんけど」
「いつもは何時頃行っているのかな?」
「いつもは8時過ぎくらいよね?」
環が美智に同意を求める。
美智も「遅くとも8時半くらいにはいつも行ってます」と、環の言葉を補強するかのように付け加えた。
俺は、そういう事情もあって、あの時、藤波綾香は凛と舞の姉妹に早く帰るように言っていたのか、と思った。
「それでは、龍昇ちゃんの様子について何か気づいたことはありませんか?」
「特に何も」
それまで饒舌だった2人だったが、加藤の聴取が核心に及んできたことを察知したのか、神妙な面持ちになった。
「龍昇ちゃんの様子はどうでしたか?」
「どうって・・・ぐっすり寝てました」
「そうね、寝てたわ」
2人の様子は、それまでとは打って変わってトーンが下がってしまった。
「本当にいつもと違うことはありませんでしたか?」
加藤の再びの質問に、2人は黙り込んでしまった。
「質問を変えましょう。お二人は、どれくらい部屋に滞在していましたか?」
「10分くらいかしら、ねぇ、環ちゃん?」
「そうね。いつもそれくらいはいるわよね」
「それがですね、藤波さんの証言では、お二人はその時は5分もいなかったとおっしゃってるんですけどね。どちらが正しいのでしょうか?」
「そんなの!藤波さんの思い違いです!」
美智が自分たちに疑いの目が向けられていると過敏に反応したのか、ムキになって反論した。
「そうよ、あの人きっと私たちのことが嫌いで貶めようとしているに違いないわ!」
環も美智に加勢した。
「嫌われている、というのは具体的に何か心当たりがあるのですか?」
俺は2人に尋ねた。
「だって、食事の時だって皆んなとは別に扱われているし、麗さんの我儘に振り回されているし、私たち一族にいい感情なんて持っている筈ないわ」
環には、確固とした確信があるのか、力強く持論を主張した。
果たして、その程度のことで藤波綾香が家族の者たちに嫌悪感を抱くだろうか?確信としては弱い気がするが。
「逆に聞くが、君たちが龍昇ちゃんに会っている時に、藤波綾香は何をしていたが覚えているかな?」
「さぁ?私たち、それどころじゃなかったから分からないわ」
「それどころ?」
「いえ、私たち、いつも龍昇ちゃんのことに夢中になってしまって、それで藤波さんのことなんて関心が無かった、って意味です」
美智の言葉に環も乗っかって、大きな相槌を何度もした。
本当にそういう意味で言ったのだろうか?しかし、これ以上彼女たちからその事について証言は得られそうな気はしなかった。
「それで、お二人は数分滞在して部屋を出て行かれたというわけですね。部屋を出てから何か気づいたことなどはありませんでしたか?誰かに会ったとか、人影を見たとか」
「どうだったかしら?環ちゃん、何か覚えてる?」
美智に尋ねられた環は首を大きく横に振った。
「分かりました、こんな遅い時間まで捜査にご協力いただきましてありがとうございます。また何かありましたお話を伺うこともあるとは思いますが、その時はどうぞよろしくお願いします」
加藤が2人にお礼を述べると、彼女たちは小田切に連れられて客間から出て行った。
「どう思いますか、あの2人の証言。何か気づいたことはありますか?」
加藤は俺たちに尋ねた。
「そうですね。龍昇ちゃんの部屋に入ってからの証言をする前と後で、2人の様子にかなり差を感じましたね。何かボロを出さないように慎重に言葉を選んでいたような気がします」
俺は、そう言って改めて頭の中で彼女たちの言葉を反芻してみた。
2人が何か隠しているような気はするのだが、確たる証拠が無い以上、今の段階で何か有力な情報を得られることは出来なさそうだ。
「どうぞ」
加藤がノックに返事をすると、ドアが開いて小田切が環と美智に部屋に入るように促した。
環も美智も、物怖じするような雰囲気は無く、かえって互いの顔を見合わせてはクスクスと笑い合ったりしている。
「夜遅くにすいません。捜査への協力に感謝します。さっ、そちらへお掛け下さい」
加藤が2人にソファへ座るように促す。
2人は小さな嬌声を上げながら、状況を楽しんでいるようだった。
「まさか小川さんと小林さんが刑事さんだとは思わなかったわ」
美智が笑うと環もそれに同調して、「ねぇ~」と大きく頷いてみせた。
「こうなることを見越してやって来たんですか?」
美智が俺と小川に向かって、溢れる好奇心を隠しきれずに尋ねる。
「早速ですが時間も遅いので、そろそろ事情聴取にうつらせてもらってもいいかな?」
加藤が大きな咳払いをして、2人の関心を自分に向けさせようとする。
環と美智は、ケタケタと笑いながら「ごめんなさい~い」と言って、ようやく事情聴取がスタートした。
「まず、お二人が龍昇ちゃんの部屋に行った時間を教えて下さい」
「えっと、たしか9時15分くらいだったと思うわ」
確かに、藤波綾香の証言と同じで、俺と入れ違いにやって来たようだ。
「お二人はいつも一緒に龍昇ちゃんの所へ来るのかな?」
「いいえ、今日はたまたま途中で環ちゃんと会ったから、一緒に行こうってことにしたの。本当は今日は1人で行こうとしていたの」
2人は互いに視線を合わせて、自分たちの記憶に齟齬が無いことを確認しあっているようだった。
「経緯はわかりました。それでは、お二人が部屋に着いてから後のことを詳しく伺いましょうか」
加藤の言葉には、独特の威圧感が感じられ、環と美智もその迫力を前にして、それまでの楽しげな和気あいあいとした様子も消え失せてしまった。
「お二人が部屋の前にも来た時、部屋の中に藤波さんはいらっしゃいましたか?」
「はい、いました」
「他に誰か見たとか、何か気づいたことはありませんか?」
「廊下は直線だから、誰かが部屋の外にいたら必ず目につくと思いますし、他は特に普段と変わったことは無かったように思います」
基本的に加藤の問いかけには美智が答え、環は隣でそれについて頷いている。
「そう言えば」
それまで美智の言葉に頷いているしかなかった環が口を開いた。
「何か思い出しましたか?」
「なんてことないんですけど、藤波さんに龍昇ちゃんの寝顔を見に来た、と言ったら、龍昇ちゃんはもう寝ているからと一度断られたんです」
「いつもはそんな事ない?」
「はい。でも、いつもより遅く行ったから、それが理由かもしれませんけど」
「いつもは何時頃行っているのかな?」
「いつもは8時過ぎくらいよね?」
環が美智に同意を求める。
美智も「遅くとも8時半くらいにはいつも行ってます」と、環の言葉を補強するかのように付け加えた。
俺は、そういう事情もあって、あの時、藤波綾香は凛と舞の姉妹に早く帰るように言っていたのか、と思った。
「それでは、龍昇ちゃんの様子について何か気づいたことはありませんか?」
「特に何も」
それまで饒舌だった2人だったが、加藤の聴取が核心に及んできたことを察知したのか、神妙な面持ちになった。
「龍昇ちゃんの様子はどうでしたか?」
「どうって・・・ぐっすり寝てました」
「そうね、寝てたわ」
2人の様子は、それまでとは打って変わってトーンが下がってしまった。
「本当にいつもと違うことはありませんでしたか?」
加藤の再びの質問に、2人は黙り込んでしまった。
「質問を変えましょう。お二人は、どれくらい部屋に滞在していましたか?」
「10分くらいかしら、ねぇ、環ちゃん?」
「そうね。いつもそれくらいはいるわよね」
「それがですね、藤波さんの証言では、お二人はその時は5分もいなかったとおっしゃってるんですけどね。どちらが正しいのでしょうか?」
「そんなの!藤波さんの思い違いです!」
美智が自分たちに疑いの目が向けられていると過敏に反応したのか、ムキになって反論した。
「そうよ、あの人きっと私たちのことが嫌いで貶めようとしているに違いないわ!」
環も美智に加勢した。
「嫌われている、というのは具体的に何か心当たりがあるのですか?」
俺は2人に尋ねた。
「だって、食事の時だって皆んなとは別に扱われているし、麗さんの我儘に振り回されているし、私たち一族にいい感情なんて持っている筈ないわ」
環には、確固とした確信があるのか、力強く持論を主張した。
果たして、その程度のことで藤波綾香が家族の者たちに嫌悪感を抱くだろうか?確信としては弱い気がするが。
「逆に聞くが、君たちが龍昇ちゃんに会っている時に、藤波綾香は何をしていたが覚えているかな?」
「さぁ?私たち、それどころじゃなかったから分からないわ」
「それどころ?」
「いえ、私たち、いつも龍昇ちゃんのことに夢中になってしまって、それで藤波さんのことなんて関心が無かった、って意味です」
美智の言葉に環も乗っかって、大きな相槌を何度もした。
本当にそういう意味で言ったのだろうか?しかし、これ以上彼女たちからその事について証言は得られそうな気はしなかった。
「それで、お二人は数分滞在して部屋を出て行かれたというわけですね。部屋を出てから何か気づいたことなどはありませんでしたか?誰かに会ったとか、人影を見たとか」
「どうだったかしら?環ちゃん、何か覚えてる?」
美智に尋ねられた環は首を大きく横に振った。
「分かりました、こんな遅い時間まで捜査にご協力いただきましてありがとうございます。また何かありましたお話を伺うこともあるとは思いますが、その時はどうぞよろしくお願いします」
加藤が2人にお礼を述べると、彼女たちは小田切に連れられて客間から出て行った。
「どう思いますか、あの2人の証言。何か気づいたことはありますか?」
加藤は俺たちに尋ねた。
「そうですね。龍昇ちゃんの部屋に入ってからの証言をする前と後で、2人の様子にかなり差を感じましたね。何かボロを出さないように慎重に言葉を選んでいたような気がします」
俺は、そう言って改めて頭の中で彼女たちの言葉を反芻してみた。
2人が何か隠しているような気はするのだが、確たる証拠が無い以上、今の段階で何か有力な情報を得られることは出来なさそうだ。
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