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おしどりの囀り

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ロッカールームで俺はトレーニングウェアに着替えた俺は、ロッカールームとジムを隔てるドアを開いた。
いくらこの屋敷が大きいとは言え、個人宅のジムだ、たかが知れていると思っていたが甘かった。
ドアを開けてジムに入ると、そこにはとても個人所有とは思えない、本格的なジムがあった。
設備も本格的で、器具はもちろん、プール、サウナ、大浴場も併設された一大施設だった。
「これは、凄い・・・」
俺が思わず声を失っていると、ジムの奥から若いスウェット姿の男が近寄ってきた。
「どうです?凄い設備でしょう?」
爽やかな屈託の無い笑顔の男が、俺に声をかけてきた。
「個人の所有でこれだけ本格な設備のジムは僕も見たことありませんよ」
「失礼ですが、あなたは?」
「あっ、失礼しました。僕はここのジムで専属トレーナーを務めています、寺門公人きみとと言います」
なんと、ジムだけでは飽き足らず、専属トレーナーまで雇っていたとは。
「あら?お客様もこちらにいらしてたのね」
背後から声をかけられ、俺が声の主の方へ振り返ると、そこには陽美の娘夫婦である愛梨と海人の2人がお揃いのジャージを着て立っていた。
「あっ、愛梨さんと海人さん、お揃いで運動ですか?」
「ええ、私たち、食後は毎日ここで汗を流しているんですよ」
愛梨が俺に話す。海人は終始にこやかで穏やかな笑顔を浮かべている。
「公人さん、今日は私たち以外にどなたかいらした?」
「いいえ、今日もお二人だけです。昨日は環さんがいらしてたんですけどね、相変わらず暇ですよ」
たしかに、この屋敷の住人でジムで運動しそうな人はいないな。寺門公人が暇を持て余して嘆くのも頷ける。
「せっかくのジムも宝の持ち腐れね」
愛梨が小さく声を立てて笑う。海人はずっと笑顔を崩さない。
「そうそう、環ちゃんといえば、今夜のディナーで皆んなの前で演奏をしてくれて、とても感動したのよね、海人さん?」
海人は相変わらずの笑顔で大きく頷いて、愛梨に同調した。
「へぇ、それは羨ましいな、未来の大音楽家の生演奏を聴けるなんて」
「公人さんも怪我さえ無ければ今頃はメダリストだったかもしれないのよね?」
「そうなんですか?何の競技をされていたんですか?」
俺は公人に質問してみた。
「ロッククライミングです。まだ10代の頃の学生当時の話しですよ」
「ディナー、公人さんもいらっしゃれば良かったのに」
「いえ、僕はどうしてもあの雰囲気に慣れなくて」
なるほど、本来はこの寺門公人も一緒に家族と食事をする者なのか。
「そうねぇ、私なんかは昔からのことだから慣れているけど、家族以外の人には厳しいわよね。小林さんもそう思いませんか?」
「えっ?あぁ、まぁ、たしかにそうかも知れませんね」
急に話しを振られた俺は、咄嗟にそう当たり障りのない返事をするだけだった。
「今日もやはりいつもどおりでしたか?」
「えぇ、加奈さんがいなかったのは救いだけど、それ以外はいつもどおり。困ったわね、皆んなもっと仲良くするようにできないのかしら?」
「加奈さんは、ずいぶんと風邪が長引いていますね」
「ご家族の皆さんの食事は、いつもあのような雰囲気なんですか?」
俺は、毎日あんな殺伐とした雰囲気の中で、本当に食事をしているのだろうかと、半信半疑で質問した。
「先ほどのディナーは、まだ生優しいものよね」
「そうなんですよ、だから僕なんかジムの設備の整備と理由つけて、3回に1回くらいは断るんですよ」
寺門が本気とも冗談とも取れないネタを言って、その場に笑い声が上がった。
「私は、加奈さんという方と一度だけ、簡単な会話をした程度なのですが、どのような女性なのですか?」
「見た感じ、気の強い女ですよ。あんなに気の強い人は、僕の人生で1番ですよ」
寺門は、目を見開き口をへの字にして、あからさまに嫌悪感を示した。
「あら、そうかもしれないけど、加奈さんは話すと気さくでサバサバしてて楽しい人よ。だから私たち、たまに加奈さんと一緒に映画を観たりするのよ」
愛梨が加奈を擁護するのを、海人は愛梨を見守るように微笑んで同意した。
「ベビーシッターの女性の方は、どんな方なんですか?」
「最近来た藤波さんですか?僕は関わりが無いから、全然わからないな」
「私も来たばかりだし、いつも竜昇ちゃんにつきっきりだから、この家で接点があると言ったらお祖父様か麗さんくらいじゃないかしら?あっ、最近は茜さんの2人の娘さんともよく遊んでいるわね。やっぱり本業だけあって、子供の心を掴むのは上手みたいよね。茜さんに聞いたらいいかもしれないわ」
「茜さんといえば、最近は暁さんとどうなんですかね?」
寺門が思いついたように、本心はさほど興味が無いように口走る。
「あまりよく無いみたい。さっきも暁さんは中座して先に引き揚げてしまったし、皆んなの前、特に凛ちゃんと舞ちゃんの前で険悪な雰囲気を出すようなことはしないであげて欲しいんだけど。子供の情操教育に良くないと思うんですの」
「茜さんは、もとはCAなんですよ。だからなんですかね、綺麗なのは?」
寺門はそう言って茜の容姿を褒め称えた。
「なんでも、そんな茜さんに暁さんが一目惚れしたそうよ。それなのに今は、すっかりさっきのように夫婦仲は冷え切ってしまったみたいで」
「美人は3日で飽きるって本当なんですかね?それにしても、CAを辞めて、こんな山奥で専業主婦なんて勿体無いなぁ」
「仕方の無いことなのよ、烏丸の家に女として生まれたからには、婿を取って結婚するしか選択肢は無いんだから」
そう言う愛梨の顔には、微かに暗い影が差した。愛梨にも、昔は叶えたい夢があったのだろうか?
「まぁ、私は幸いなことに海人さんと出会えたから良かったけど」
愛梨はわざとらしい乾いた声を立てて笑い、海人と繋いだ手を大きく振って見せた。
「さてと、私たちはそろそろ運動しに行かせていただきますね。小林さんも怪我をしないように程々になさってね」
そう言い残して、愛梨と海人夫婦は仲良く奥へと向かって行った。
「お二人とも、いつも仲が良くて羨ましいな。あれで男の子でもいたら最強なのにな。あんなことが無かったら、今頃は2人の天下で、麗さんが来て屋敷の空気が悪くなることも無かったかもしれないのに」
「あんなこと?」
「あぁ、あのお二人には、昔、男の子がいたんですよ。とは言っても、死産だったそうですけど」
「そうなんですね、それはいつの話しなんですか?」
「僕も人伝に聞いただけなのですけど、4年前とか聞いた気がします。それでこれは余談なんですけど・・・」
公人は奥で運動している愛梨夫妻の様子を窺いながら、俺の耳に顔を近づけて声の大きさを抑えて囁く。
「本当は死産じゃ無かったって噂があるんですよ」
「え?何でそんな噂が?」
「僕から聞いたって言わないで下さいね。何でも、子供の死に方が不審死だったらしいです」
俺は公人の言葉に声を返すことも出来なかった。どういうことなのだろう?
「愛梨さんが誤って死なせてしまったとか、屋敷の中の誰かが殺したとか、だから表沙汰にせずに死産ということにしたって聞きました」
過去に起きた忌まわしい悲劇。それは悲しい事故だったのか、それとも本当に誰かの手によるものだったのか。だとしたら、それは何のために?やはりこの家の莫大な財産と関わりがあるのか?
だとしたら、龍昇の身に何事かが起きるかも知れない、というのもあながち考えすぎとはいかなくなるかもしれない。











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