不忘探偵4 〜純粋悪〜

あらんすみし

文字の大きさ
上 下
5 / 17

小悪魔

しおりを挟む
「ところで、俺はまだこの屋敷の構造について完全に把握できていないんだが、少し案内してもらえないかな?」
「いいですよ、おじさん。小林さんもご一緒にいかがですか?一度説明しただけでは覚えられないと思いますし」
小川の要望に修二は快く返し、一緒に俺のことも誘ってくれた。
「いや、俺は大丈夫だから2人で行ってくれ。それより少し体を動かしたいから、俺はジムを使わさせてもらうことにするよ」
「わかりました、ジムは東棟の一階です。また後で時間を設けて、これからのことを話しましょう」
そうして俺は、小川と修二達と部屋の前で別れジムへと向かった。
階段を降りてちょうど2階に差し掛かった時、俺は2人の男女に出会した。
「あっ、こんばんは」
2人の男女の男の方が、鉢合わせしそうになった俺に向かって、咄嗟に小さな声で挨拶をしてきた。そして、それと同時に2人は繋いでいた手を離し、何事もないかの如く振る舞った。
「どうも」
俺も突然目の前に現れた2人を前にして、それだけ小さく返すだけだった。
「こんばんは、はじめまして」
男の陰から、世間一般でいうところの美少女が歩み出てきて、屈託の無い笑顔を浮かべて明るく挨拶してきた。
この少女は何だろう?一見すると清純そうだが、どこか男好きするというような、悪い言い方になるが擦れている雰囲気も漂わせている。
少女のようにも見えるが、そこはかとなく醸し出す雰囲気は、もう十分に成熟した大人の女という感じか。まだ10代だろうが、大人びて見える。
男の方は、色白で細身な優男で、とてもおとなしそうな感じがする。その雰囲気が、少女とは陰と陽のようにコントラストを感じさせる。
「私、烏丸美智といいます」
「あっ。僕は今市と申します」
なるほど、この2人が先ほどの食事の時に話題に上っていた女子高生と、その家庭教師なのだな。
「どうも、烏丸修二さんと一緒に仕事をしております、小林と申します。本日は誕生のお祝いのためにご挨拶に伺いました」
「そうなんですね!もうお食事は済んだんですか?これからどちらへ?」
美智はまるで違う人種でも見るかのように、興味津々といった様子で、目を輝かせながら尋ねてくる。
「ちょっと体を動かしたくて、ジムに行こうと思って」
「それでしたら、私がご案内します!」
「いや、それでしたら・・・」
俺は屋敷の構造なら既に頭に入っているので、特に案内してもらう必要も無かったので丁重に断ろうとした。
「みっちゃん、僕の部屋にDVDを取りに行くんじゃないの?」
今市青年が、俺と距離を詰める美智との間に割って入ってきた。大人しそうで自己主張が苦手なように見えるが、彼の目には明らかに不快感が滲んでいる。
「そんなのあとでいいわ。小林さんをご案内したら取りに行くから、先に先生の部屋に戻っていて」
それだけ言うと、美智は今市青年の返事も待たず、顧みることもなく、俺の手首を掴んで引っ張っていく。
俺が振り返ると、今市青年の困惑した表情が印象に残った。
「すいません、私は大丈夫なので彼氏さんと一緒に行ってあげてください」
「いいんですよ、あの人とは毎日四六時中一緒にいるし。それより、やっぱり彼が私の彼氏だってわかっちゃいました?」
「えぇ、まぁ」
「全く・・・不用意に人前で、みっちゃんなんて呼ぶから」
そう言うと、美智は唇を尖らせた。どうやら2人は自分達の関係を、上手く隠せていると思っているようだ。
「こちらにはいつまでいらっしゃる予定なんですか?」
「会長のお子さまの誕生祝いが済んだら、すぐに帰るつもりです。あの、ジムまでの行き方なら本当に大丈夫ですから、もう行ってあげてください。彼も待ってると思いますよ」
「いいの、毎日一緒だと飽きちゃうのよね」
「失礼ですけど、彼とは付き合って長いんですか?」
「いいえ、まだ3週間くらいかな。夏休みの間だけの付き合いだから、もうすぐお別れね」
美智は何の影も窺わせることなく微笑む。
「それは寂しいね」
俺は当たり障りのない返事をする。
「別に。もう、毎日ずっと一緒にいると、退屈なのよね。彼、大人しいし、恋愛や女の子についての免疫も無いし、休みの間だけの関係がちょうどいいと思うわ」
「そんなもの?」
「私、女子校に通っているんですけど、それはそれはもう退屈で、男の子はいないから出会いも無いし、バイトも部活も禁止されてるし、夏休みとか冬休みもこの屋敷から出られないし、ほんとに退屈なんですよね。夏休みとかに家庭教師をつけてもらう以外に、出会いなんて期待できなくて。ぶっちゃけ、彼とはただの暇つぶしみたいなものですから。それよりも、私は小林さんみたいな大人な男の人の方が好きかも」
そう言って、美智が俺を艶めかしい目で舐めるように見る。
「君は面白い子だね」
「そうですか?私はけっこう本気かもしれませんけどね」
なるほど。彼女のその年齢とは似つかわない大人びた雰囲気は、自分の魅力を熟知した女の成せる術なのかもしれないな。
「ちなみに、小林さんはどんな感じの女の人がタイプなんですか?」
美智の瞳の中に、何かを期待して待っている光が宿って見える。
「そうだな。大人の女性かな」
「あっ、それって私にも可能性ありますか?」
「いや、申し訳ないが、君とは正反対だと思うよ」
「えー、意地悪ね。でも、その方が面白いかもしれないわ。すぐに落ちるなんてつまらないもの」
俺の意地悪な言葉にも、美智は怒りを感じたようだが、すぐに気持ちを切り替えて、かえって彼女の闘志に火をつけてしまったかもしれないようだった。
「ここがジムです。他に何かわからないことはありますか?」
「いえ、特に無いので大丈夫です」
そう返すと、美智はいきなり俺に抱きついてきた。
「何かあったら、なんでも私に聞いて下さいね」
美智はそう俺の耳元で囁いた。
「じゃあ、ついでだから一つ聞いてもいいかな?」
「えっ?何?」
美智の表情から嬉しさが溢れる。
「君は、お母さんのことが好き?」
俺の問いかけに、美智はキョトンとしている。
「君のお母さんとは、まだちゃんとお話ししたことがないから、ちょっと知りたかったんだよ」
「あの人のことなんか知りたかったの?ぶっちゃけ嫌いよ」
美智は俺から体を離した。その表情には、あからさまな嫌悪感が浮かんでいる。
「それはどうして?」
「あの人、私のこと嫌いなのよ。子供が嫌いなの。だから私を生まれてすぐに、烏丸の家に養子に出したのよ」
そう答える美智の顔は、怒りだけでなく、いろいろな感情が見え隠れしているようだった。
もしかしたら、親から受けるべき愛情を受けられなかったことが、今の美智の人格を形成しているのかもしれない。
そう考えると、俺は少しだけ美智のことが不憫に思えた。











しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

【完結】シリアルキラーの話です。基本、この国に入ってこない情報ですから、、、

つじんし
ミステリー
僕は因が見える。 因果関係や因果応報の因だ。 そう、因だけ... この力から逃れるために日本に来たが、やはりこの国の警察に目をつけられて金のために... いや、正直に言うとあの日本人の女に利用され、世界中のシリアルキラーを相手にすることになってしまった...

舞姫【後編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 彼らには思いもかけない縁(えにし)があった。 巨大財閥を起点とする親と子の遺恨が幾多の歯車となる。 誰が幸せを掴むのか。 •剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 •兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 •津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われ、ストリップダンサーとなる。 •桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 •津田(郡司)武 星児と保の故郷を残忍な形で消した男。星児と保は復讐の為に追う。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~

七瀬京
ミステリー
 秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。  依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。  依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。  橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。  そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。  秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。

処理中です...