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葛藤
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鬼伐隊に入隊し、一時金を受け取った太郎は、早速帰宅して爺さまと婆さまの2人に、ことの経緯を説明する。
無事に鬼を退治すれば、お宝を手にすることが出来るかもしれない、それまでは受け取ってきた一時金で十分食べていかれる、だから何の心配もいらないと。
しかし、2人の表情は浮かない。互いに目配せして何かを言いたげにしているが、それが何か口籠もっている。
太郎は、なぜ2人が浮かない表情をしているのか分かりかねて尋ねる。
「太郎、わしらはお前に危険なことをしてほしくはないんだよ。」
爺さまは、言いづらそうにポツリと切り出した。
「私たちは、太郎さえ元気でいてくれればそれでええんだよ。」
婆さまも続いて口を開いた。
「どうして?どうして俺が爺さまと婆さまを助けたいのに、そんなことを言うの?」
太郎は幼い子供のように、口を尖らせて2人に訊ねる。
太郎の疑問に、婆さまが答える。
「私たちは、太郎を失うのが怖いんじゃよ。」
「どうして?大丈夫だよ。鬼伐隊は国中の猛者が揃っていて、そう簡単に鬼に負けることはない。鬼討伐なんかすぐ終わって帰れるから、そしたらまた3人で楽しく暮らせるから…」
その太郎の言葉を遮って爺さまは言う。
「じゃが、必ず帰れるという保証などどこにも無い。この一時金は、太郎の命の値段じゃ。この金を払うから、太郎の命を差し出せ、と言われているのと同じことだ。そんなお金、わしらは受け取れんし、使えない。」
爺さまはそう言うと、目を伏せた。
予想外の2人の反応を、太郎は簡単に受け入れることができずにいた。
自分がこんなに2人のことを大切に考え決めたことなのに、どうして分かってくれないんだ?
太郎の表情に失望の色が浮かぶ。
太郎は一言小さく「もういい…」と呟き、立ち上がって家を出る。
爺さまと婆さまは、ただ困惑して太郎を引き止めることもできずにいた。
その夜、太郎は2人が寝静まったのを見計らって、そっと家を出ることにした。
きっと、いくら説明しても2人はわかってはくれないだろう。
しかし、2人のことを想えば想うほど、太郎の中には使命感がより強く膨らんでくる。
とにかく無事に鬼を退治して、宝を持ち帰り安心させることが唯一の、最善の選択肢のはずだ。
そうすれば、あの時の選択は間違えていなかったと思える日が来るはず。
だから今は、挨拶せずに出ていこう。
太郎は、便所の傍の物陰に隠しておいた小さな荷物を取り出す。
中身は、ほんの2日分くらいの着物しか無い。
他に特に持って行くような物は無かったし、すぐ戻れるつもりでいたから。
その時、太郎の名前を呼ぶ声がして、太郎はハッと息を呑んで振り返った。
そこには、婆さまが立っていた。
「婆さま…」
「いいんですよ。」
婆さまは、静かに語りかけた。
「行きなさい。わたしたちに縛られる必要などない。ただ、無事に帰っては来ておくれ。」
「婆さま…」
太郎はそれ以上に言葉が続かない。
婆さまは、太郎に御守りを差し出す。
「これを持って行きなさい。どうしても困った時に、きっと役に立つから。」
太郎は、婆さまが差し出した御守りを受け取る。
婆さまの想いが込められている御守りは、心なしか重く感じられた。
「さぁ、もう行きなさい。爺さまが起きてしまいますよ。」
太郎は、目から伝う涙を拭いながら、大きく頷いて荷物を抱えて一歩を踏み出す。
そんな太郎のことを、婆さまは姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
無事に鬼を退治すれば、お宝を手にすることが出来るかもしれない、それまでは受け取ってきた一時金で十分食べていかれる、だから何の心配もいらないと。
しかし、2人の表情は浮かない。互いに目配せして何かを言いたげにしているが、それが何か口籠もっている。
太郎は、なぜ2人が浮かない表情をしているのか分かりかねて尋ねる。
「太郎、わしらはお前に危険なことをしてほしくはないんだよ。」
爺さまは、言いづらそうにポツリと切り出した。
「私たちは、太郎さえ元気でいてくれればそれでええんだよ。」
婆さまも続いて口を開いた。
「どうして?どうして俺が爺さまと婆さまを助けたいのに、そんなことを言うの?」
太郎は幼い子供のように、口を尖らせて2人に訊ねる。
太郎の疑問に、婆さまが答える。
「私たちは、太郎を失うのが怖いんじゃよ。」
「どうして?大丈夫だよ。鬼伐隊は国中の猛者が揃っていて、そう簡単に鬼に負けることはない。鬼討伐なんかすぐ終わって帰れるから、そしたらまた3人で楽しく暮らせるから…」
その太郎の言葉を遮って爺さまは言う。
「じゃが、必ず帰れるという保証などどこにも無い。この一時金は、太郎の命の値段じゃ。この金を払うから、太郎の命を差し出せ、と言われているのと同じことだ。そんなお金、わしらは受け取れんし、使えない。」
爺さまはそう言うと、目を伏せた。
予想外の2人の反応を、太郎は簡単に受け入れることができずにいた。
自分がこんなに2人のことを大切に考え決めたことなのに、どうして分かってくれないんだ?
太郎の表情に失望の色が浮かぶ。
太郎は一言小さく「もういい…」と呟き、立ち上がって家を出る。
爺さまと婆さまは、ただ困惑して太郎を引き止めることもできずにいた。
その夜、太郎は2人が寝静まったのを見計らって、そっと家を出ることにした。
きっと、いくら説明しても2人はわかってはくれないだろう。
しかし、2人のことを想えば想うほど、太郎の中には使命感がより強く膨らんでくる。
とにかく無事に鬼を退治して、宝を持ち帰り安心させることが唯一の、最善の選択肢のはずだ。
そうすれば、あの時の選択は間違えていなかったと思える日が来るはず。
だから今は、挨拶せずに出ていこう。
太郎は、便所の傍の物陰に隠しておいた小さな荷物を取り出す。
中身は、ほんの2日分くらいの着物しか無い。
他に特に持って行くような物は無かったし、すぐ戻れるつもりでいたから。
その時、太郎の名前を呼ぶ声がして、太郎はハッと息を呑んで振り返った。
そこには、婆さまが立っていた。
「婆さま…」
「いいんですよ。」
婆さまは、静かに語りかけた。
「行きなさい。わたしたちに縛られる必要などない。ただ、無事に帰っては来ておくれ。」
「婆さま…」
太郎はそれ以上に言葉が続かない。
婆さまは、太郎に御守りを差し出す。
「これを持って行きなさい。どうしても困った時に、きっと役に立つから。」
太郎は、婆さまが差し出した御守りを受け取る。
婆さまの想いが込められている御守りは、心なしか重く感じられた。
「さぁ、もう行きなさい。爺さまが起きてしまいますよ。」
太郎は、目から伝う涙を拭いながら、大きく頷いて荷物を抱えて一歩を踏み出す。
そんな太郎のことを、婆さまは姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
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