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桃から産まれてない桃太郎
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街角で道ゆく人を相手に寸劇をしている若い男がいる。
「やあやあ、お立ち会い!我こそは桃から産まれた桃太郎!今から鬼を退治に向かうぞ!」
そう言うと、桃太郎を名乗る男はぎこちない太刀裁きで踊りを舞う。
大人達は苦笑いしているが、子供達は喜んでいる。
寸劇が終わると、幾人かの見物人から投げ銭が茶碗の中に入れられる。
男は見物人に深く頭を下げて礼を述べると、帰り道の途中にある市に立ち寄り、いくらかの魚と野菜を買う。
今日は、いくらか多く投げ銭を貰えたので、干し柿もついでに買う。
賑やかな街を抜けると、途端に寂しげな閑散とした田畑が広がる風景が広がる。
最近、不作が続いているせいもあって、田畑を捨て、街へ出て行く農民も多い。
そんな朽ち果てた田畑もちらほらと見られる畦道を歩いて、男は一件の肋屋に帰り着く。
「じいじ、ばあば、ただいま。」
男は引き戸を開けると、中にいる爺さんと婆さんに声をかけた。
「今日は、いつもより沢山の銭が貰えたから、干し柿も買ってきたよ。」
男はうれしそうに言うと、持っていた干し柿を2人に見せるように高く掲げて見せた。
「おぉ、太郎。おかえり。良かったのお。なぁ、爺さま、干し柿なんてどれくらいぶりかの?」
「そうじゃなぁ。いつだったか覚えておらんのお~」
2人がとても喜んでいるのを見て、太郎も笑顔が溢れる。
「さっそくご飯にしようか。ご飯食べたら、皆んなで干し柿を食べよう」
太郎はそう言って、買ってきた魚と野菜を婆さまに渡す。そして、2人で台所に立ち粥を炊く。
「爺さま、そろそろ茄子が実る頃だけど、出来はどう?」
太郎が爺さまに聞くが、爺さまは低く唸って首を横に振る。
「雨が降らんからのぉ。あまり芳しくは無い」
「そうか…」
太郎も残念そうに呟いて、小さなため息をつく。
「でも、ワシらはまだいい。西の家は粥さえまともに食えんでいる。」
「そうだね。俺たちはこうして市で買えるだけ、まだ恵まれているよね。」
「みんな、太郎のおかげじゃ」
婆さまは炊事の手を止めて、太郎に労いの言葉をかける。
夜、太郎が寝床でふと目覚めると、爺さんと婆さんの話し声が聞こえる。
「たぶん、今年も葉物はダメじゃろう。」
「いつまでも太郎に頼り切るのも…」
「…畑を売るしかないかの」
「でも、ご先祖様が何と言うか」
太郎は、爺さまと婆さまが自分に心配をかけさせまいと、そんな素振りを全く見せてこなかったことに、涙が溢れた。
両親が相次いで失踪し、他に頼れる親族もいない中で、年老いたこの老夫婦だけが太郎の心の拠り所であったのに、まだこんなに心配かけさせてしまっている。
そんな不甲斐なさに、太郎は自責の念にかられた。
もっと稼いで、なんとか2人を楽にしてあげたい。
2人に背を向けたまま、太郎はわからないように静かに涙に暮れた。
その翌日、太郎は昼過ぎまで爺さまの畑仕事を手伝ってから、いつものように街へと出かけた。
今日の実入りは、まぁごく普通。こんなものか…と太郎は小さく呟いて帰り道についた。
その途中、街の中心にある橋の袂に、たくさんの人垣ができているのを見かける。
人を掻き分けて覗いてみると、そこには大きな立看板が立っていて、またしても鬼が交易船を襲って宝を奪ったと、瓦版が貼られていた。
人々は口々に不安げな話しをしていた。
街は内陸にあるから、まだ鬼に襲われるようなことは無いが、もし、海に行く用事があって襲われたらとんでもない。
鬼が、どんな恐ろしい姿をしているのか、どれほど凶悪なのか誰も知らないが、人々はさまざまに噂しあっていた。
そんな時だった。
「でもよ、これだけたくさんの船が襲われるってことは、それだけたくさんのお宝が奪われていて、鬼達が持っているってことだよな」
と、誰かの言う声が太郎の耳に入った。
鬼達はたくさんのお宝を持っている。もし、その宝の少しでもあったら、爺さまも婆さまも楽に暮らさせてあげられるのに。太郎は、思った。
その時、太郎は閃いた。
そうだ!鬼を退治して宝を取り戻そう!
もともとは人間の物だし、鬼達に使い道があるとも思えない。
幸い、自分は剣術の心得もある。このまま手をこまねいていても、2人を楽にしてあげられない。
太郎は、愛する2人のために意を決して、旅立つ覚悟を決めた。
この先に待ち受ける、どんな困難も乗り越えてみせる。
太郎は、そう心に誓った。
「やあやあ、お立ち会い!我こそは桃から産まれた桃太郎!今から鬼を退治に向かうぞ!」
そう言うと、桃太郎を名乗る男はぎこちない太刀裁きで踊りを舞う。
大人達は苦笑いしているが、子供達は喜んでいる。
寸劇が終わると、幾人かの見物人から投げ銭が茶碗の中に入れられる。
男は見物人に深く頭を下げて礼を述べると、帰り道の途中にある市に立ち寄り、いくらかの魚と野菜を買う。
今日は、いくらか多く投げ銭を貰えたので、干し柿もついでに買う。
賑やかな街を抜けると、途端に寂しげな閑散とした田畑が広がる風景が広がる。
最近、不作が続いているせいもあって、田畑を捨て、街へ出て行く農民も多い。
そんな朽ち果てた田畑もちらほらと見られる畦道を歩いて、男は一件の肋屋に帰り着く。
「じいじ、ばあば、ただいま。」
男は引き戸を開けると、中にいる爺さんと婆さんに声をかけた。
「今日は、いつもより沢山の銭が貰えたから、干し柿も買ってきたよ。」
男はうれしそうに言うと、持っていた干し柿を2人に見せるように高く掲げて見せた。
「おぉ、太郎。おかえり。良かったのお。なぁ、爺さま、干し柿なんてどれくらいぶりかの?」
「そうじゃなぁ。いつだったか覚えておらんのお~」
2人がとても喜んでいるのを見て、太郎も笑顔が溢れる。
「さっそくご飯にしようか。ご飯食べたら、皆んなで干し柿を食べよう」
太郎はそう言って、買ってきた魚と野菜を婆さまに渡す。そして、2人で台所に立ち粥を炊く。
「爺さま、そろそろ茄子が実る頃だけど、出来はどう?」
太郎が爺さまに聞くが、爺さまは低く唸って首を横に振る。
「雨が降らんからのぉ。あまり芳しくは無い」
「そうか…」
太郎も残念そうに呟いて、小さなため息をつく。
「でも、ワシらはまだいい。西の家は粥さえまともに食えんでいる。」
「そうだね。俺たちはこうして市で買えるだけ、まだ恵まれているよね。」
「みんな、太郎のおかげじゃ」
婆さまは炊事の手を止めて、太郎に労いの言葉をかける。
夜、太郎が寝床でふと目覚めると、爺さんと婆さんの話し声が聞こえる。
「たぶん、今年も葉物はダメじゃろう。」
「いつまでも太郎に頼り切るのも…」
「…畑を売るしかないかの」
「でも、ご先祖様が何と言うか」
太郎は、爺さまと婆さまが自分に心配をかけさせまいと、そんな素振りを全く見せてこなかったことに、涙が溢れた。
両親が相次いで失踪し、他に頼れる親族もいない中で、年老いたこの老夫婦だけが太郎の心の拠り所であったのに、まだこんなに心配かけさせてしまっている。
そんな不甲斐なさに、太郎は自責の念にかられた。
もっと稼いで、なんとか2人を楽にしてあげたい。
2人に背を向けたまま、太郎はわからないように静かに涙に暮れた。
その翌日、太郎は昼過ぎまで爺さまの畑仕事を手伝ってから、いつものように街へと出かけた。
今日の実入りは、まぁごく普通。こんなものか…と太郎は小さく呟いて帰り道についた。
その途中、街の中心にある橋の袂に、たくさんの人垣ができているのを見かける。
人を掻き分けて覗いてみると、そこには大きな立看板が立っていて、またしても鬼が交易船を襲って宝を奪ったと、瓦版が貼られていた。
人々は口々に不安げな話しをしていた。
街は内陸にあるから、まだ鬼に襲われるようなことは無いが、もし、海に行く用事があって襲われたらとんでもない。
鬼が、どんな恐ろしい姿をしているのか、どれほど凶悪なのか誰も知らないが、人々はさまざまに噂しあっていた。
そんな時だった。
「でもよ、これだけたくさんの船が襲われるってことは、それだけたくさんのお宝が奪われていて、鬼達が持っているってことだよな」
と、誰かの言う声が太郎の耳に入った。
鬼達はたくさんのお宝を持っている。もし、その宝の少しでもあったら、爺さまも婆さまも楽に暮らさせてあげられるのに。太郎は、思った。
その時、太郎は閃いた。
そうだ!鬼を退治して宝を取り戻そう!
もともとは人間の物だし、鬼達に使い道があるとも思えない。
幸い、自分は剣術の心得もある。このまま手をこまねいていても、2人を楽にしてあげられない。
太郎は、愛する2人のために意を決して、旅立つ覚悟を決めた。
この先に待ち受ける、どんな困難も乗り越えてみせる。
太郎は、そう心に誓った。
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