太陽を追いかける月のように

あらんすみし

文字の大きさ
上 下
29 / 30

走馬灯

しおりを挟む
家を出た俺は、あてもなく街を彷徨った。
見慣れた風景も、今はモノクロに霞んで見える。
俺は、いったい何てことを言ってしまったんだ。
俺は、改めて自分の口にした言葉を悔い、恥ずかしいと思った。
余命いくばくも無いなかで懸命に生きている彼を、俺は心無い言葉で傷つけてしまった。
俺なんかより、彼は毎日辛い想いをしているのに、それをわかってやれていなかった自分が情けなく、自分を責めることしか出来なかった。
いったいどうやって許しを乞うたら許してもらえるだろう?
どうしたら、彼の傷ついた心を癒せるだろう?
公園のベンチで俺は座りこみ、さっきのこと、そしてこれからのことを考えてみた。
しかし、いくら考えても良いアイデアなど思い浮かぶはずもなく、ただただ時間だけが経過していく。
気がつけば、辺りを夕闇が包んでいた。
太陽も山の稜線にその姿を隠そうとしていた。
公園で遊んでいた子供たちも、蜘蛛の子を散らすように家族の待つ家に帰って行く。
子供の頃、俺は夢がいっぱいだった。
野球選手になりたいと思っていた。
その次にパイロットになりたいと思った。
宇宙飛行士にもなりたかったし、F1レーサーにもなりたかった。
しかし、だんだんと大人に近づくにつれて、夢は小さくなっていった。
野球選手になるには才能が足りなかったし、パイロットや宇宙飛行士になるには勉強が出来なかったし、F1ドライバーになるにもどうやってなるのかすら分からず、気がつけば大学受験をし、就職をし、今の生活に至っている。
今の自分の姿を見て、少年の頃の俺はどう思うのだろう?
何一つ夢を叶えることのできなかった大人の俺を見て、何を思うだろう?
しかも俺は、大切な人1人を守ることすらできない、それどころか傷つけてしまうような未熟で最低な男だ。
頭の中で、俺はいつまでも、いつまでも、何度も何度も自分を責め、罵った。
そしてふと、俺は死にたいと思った。
こんな自分に何の生きている価値や意味があるのだろう?
俺は立ち上がり、フラフラとある場所を目指して歩き出した。
もう、こんな人生は終わらせよう。
俺がいても、彼を傷つけてしまうばかりで、何もしてあげられない。
それならば、いっそのこと消えた方が彼も楽になるのではないだろうか。
目的地に向かう道すがら、俺はずっと呪文のように繰り返し、繰り返しそれらの言葉を念じるように自分に言い聞かせていた。
気がつけば、俺は駅のホームに立っていた。
夜の帳が下りた駅は、多くの家路を急ぐ人たちで溢れていた。
あぁ、この人たちには帰る場所があって、待っている人がいるのだろうな。
また明日になれば、何の疑問もなく起きて、朝ごはんを食べて、仕事に向かうのだろうな。
毎朝起きるたびに、1日の始まりを苦痛に思い、また生きていることに絶望している俺にはできない生活だ。
羨ましい。
ちょっと前までは俺もこれらの人たちと同じく生活していたのに、今は精神を病み、この体たらくだ。
その時、駅にアナウンスが流れてきた。
次の快速電車がこの駅を通過するというアナウンスだった。
ちょうどいい、もう思い残すことなんて何も無い。
もう、生きていることに疲れたよ。
いや、思い残すことが一つだけあった。
でも、もうそれさえもどうでもいい。
俺は、ゆっくりと線路に向かって一歩踏み出した。
と、その時だった。隣にいた若い母親が電話に夢中になってベビーカーから手を離した。
ベビーカーは、ホームの傾斜をゆっくりと滑りだし、次第に加速して線路に向かって走り出す。
気づいた母親の大きな悲鳴が辺りに響き、必死に追いかけるが、既にベビーカーは線路に落ちる寸前だった。
俺は咄嗟に走り出し、身を挺してベビーカーを倒して俺は線路に落ちた。
そこへちょうど快速電車が入線してきた。
目の前に電車が迫っている。
もう避けきれない。周りには退避する場所も無い。
俺は、電車に轢かれた。
人は、人生の終わりに、それまでの人生を走馬灯のように見るらしいと聞いたことがある。
だけど、俺にはその走馬灯を見ることが出来なかった。
ただ、俺の命が消えるその瞬間、俺は川口青年の笑顔を見たような気がした。
良かった、最後に見たものが、彼の明るい笑顔で。
もう、これで本当に思い残すことは無かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ポンコツアルファを拾いました。

おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて…… ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。 オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。 ※特殊設定の現代オメガバースです

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

処理中です...