太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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傷つけあう2人

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こうして俺たちは再び恋人としてやり直すこととなったものの、川口青年は実家から縁を切られて、俺たちの外界との窓口は秋山さんのみとなってしまった。
その頼みの綱の秋山さんも、普段は仕事をしているし、決して近くに住んでいるわけでもないので、頼りっぱなしと言うわけにもいかない。
ということで、俺たちは再び狭い鳥籠の中に逆戻りとなってしまった。
それでも最初のうちは良かった。狭い鳥籠の狭い世界でも、2人でいれば、川口青年がいてくれることが心強かった。
だが、次第に川口青年の癌が進行してくると、彼は鬱の症状も悪化してきて数日何もできず横になっているという時間も増えてきた。
俺は彼のことをサポートしようと懸命に頑張るものの、俺自身も無理が祟り、彼のことが心配なのと、先のことが見えないことへの不安、彼のために力になりきれない情けなさで自分を責めることで鬱が悪化して寝込んでしまう、ということの繰り返しだった。
そんな自分自身が不甲斐なくて、俺はたびたび声を荒げることになっていく。
やがてその苛立ちは、川口青年にも矛先が向けられて、彼は自身の存在意義を否定し、そして俺は彼を追い詰めてしまったことを後悔する。いつしか俺たちは、いつ終わるとも知れない無限の負のスパイラルに陥ってしまった。

「カレーうどんが食べたい」
ある日、川口青年がポツリと呟いた。
症状が進行して、最近はすっかり食欲の落ちていた彼が、久しぶりに何かを食べたいと口にしたことで、俺は嬉しくなり急いで材料を揃えてカレーうどんを作り始めた。
カレーに必要な具材をカットして、カレー作りから始める。
やがてカレーが煮立ち始めると、辺りをカレーの食欲をそそる独特の香りが包み込む。
もう少しで完成だ。
その時、川口青年が階段をおぼつかない足取りで、ゆっくりと降りてきた。
「カレーですか?」
「あぁ、もうすぐ美味しいカレーうどんができるから、もうちょっとだけ待ってて」
「すいません、今、気持ち悪いんで要りません」
川口青年が真っ白な顔をしながら言った。
「えっ?さっきカレーうどん食べたいって言ってたじゃないか?」
「すいません、やっぱり無理そうです」
それだけ言うと、川口青年はリビングを去って行こうとする。
俺は、その背中に向けて、マグカップを投げつけていた。
川口青年の背中に当たったマグカップが、床に落ちて割れた。
川口青年が買ってきた、お揃いのマグカップだったのに。
「何するんですか?」
振り向いた川口青年の目は、目だけが強い生気を放って俺を責めていた。
彼はその場に屈んで、割れたマグカップの片付けをする。
「ご、ごめん。こんなつもりじゃなかったんだ」
俺も急いで駆け寄り、マグカップの欠片を片付けようとするが、川口青年はそんな俺の手を払いのけた。
彼は、俺のことを無視して黙々と欠片を拾い集める。
しかし、その様子を見ていて俺の中に湧き上がってきた感情は、怒りだった。
俺は、川口青年のことを突き飛ばしていた。
腰から倒れた川口青年は、咄嗟のことに目を大きく見開いて唖然としていた。
「いったい何なんだよ!俺がこんなにお前に尽くしているのに、その態度は何なんだよ!いったい俺にこれ以上どうして欲しい!?これ以上、俺はどうしたらいい!?毎日寝てるだけのくせに我儘ばかり、もうこんなのたくさんだ!」
俺は一気に捲し立てていた。言葉と一緒に涙も溢れていた。こんなこと、言いたくないのに、今まで溜まっていた負の感情が一気に放出された。
「・・・そんなこと、思っていたんですか?」
目の前で腰を落としていた川口青年は、悲しい顔をして俺に尋ねた。
「あっ。ごめん、つい心にもないことを言って・・・」
「心にも無いことは、口から出てきませんよ」
川口青年は、それだけ言うと立ち上がり、階段を登って自室へ閉じ籠ってしまった。
「ごめん、あんなこと言うつもりは無かったんだ。いや、言っちゃいけなかった、本当にごめん。だから許してくれないか?」
俺は彼の部屋の前で、ドア越しに彼に許しを乞うた。
しかし、部屋の中からは物音一つ聞こえることは無かった。
「ごめん、少し頭冷やしてくる」
俺は、川口青年のことを傷つけた自分の言動を反省するために、1人で家を出た。






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