太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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さよなら、大切な人

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その日、俺は鬱の症状と風邪とで寝込んでいた。 
川口青年は、自らも体調が芳しないのに、懸命に俺の看病をしてくれていたが、無理が祟ったのか彼も遂にダウンしてしまった。
俺は、無理をさせてしまったことを申し訳なくも思いながら、彼の心が再び俺のもとへ戻ってきてくれることを願っていた。
しかし、それは叶わぬ夢。今の俺のこんな不甲斐ない状態では、彼を支える力も無く、彼に再び愛を伝える資格も無いと自分に言い聞かせるしか出来なかった。
そんなことを考えて涙を流している時だった。
チャイムが鳴った。しかし、俺も川口青年も寝込んでいて出られない。
さらに二度、三度とチャイムが鳴る。
仕方ない。俺は精一杯の気力を振り絞って玄関に向かい、ドアを開けるとそこには川口青年の兄と、見知らぬ60才前後の初老の男性がいた。
「あっ、どうもご無沙汰してます」
「先日は失礼しました」
川口青年の兄は、そう言うと俺に紙袋を手渡してきた。
「これ、地元で有名な最中なんです。良かったら召し上がって下さい」
「ありがとうございます。彼もきっと喜ぶと思います」
そんな当たり障りのないやり取りをしていると、川口青年の兄の傍にいた初老の男性が、俺たちの間に割って入ってきた。
「ちょっとごめんよ」
そう言うと、初老の男性は俺の返事も何も聞かずに上がり込んできた。
「和成!いるんだろ!出てきなさい!」
初老の男性の大きな声が、家の隅々にまで響きわたる。
「ちょっと、父さんやめてください!」
そうか、この初老の男性は川口青年の父親なのか。
すると、奥の川口青年の部屋から彼が顔を覗かせた。
「父さん」
「迎えに来たぞ。さぁ、帰ろう」
そう言うと川口青年の父親は奥へと上がり込んで、彼の腕を掴むと無理やり部屋から引き摺り出して連れて行こうとする。
川口青年が抵抗を試みるも、今の彼にはこの初老男性に抗うだけの力も持ち合わせてなかった。
「父さん、約束しただろ!無理やり連れて帰らせないって!」
川口青年の兄が父親をたしなめる。
「この状況を見ろ!何だこの男は?こんな男と一緒にいても、2人とも共倒れになるだけじゃないか!?」
川口青年の父親は、俺を指差して喚き散らす。
「だからって、そんな無茶な」
川口青年の兄も、心の中では同じことを思っているのかもしれない。
「あの、少し落ち着いてお話ししませんか?お茶でも淹れます」
俺は少しでも川口青年の父親に良い印象を持ってもらおうとして、もたつく足元を懸命に堪えながら、懸命の対応をした。
テーブルに揃った4人の間に言葉は無かった。その緊張した状態を破ったのは、川口青年だった。
「父さん、何しに来たの?」
「お前を連れて帰りに来たに決まってるだろ!」
「ちょっと父さん、黙ってて!いきなりそんなんじゃ話し合いにもならなくなるから」
川口青年の兄がその場を諌める。
「和成、話というのはこうだ。この間、兄さんがここに来たことを父さんに話したんだ。父さん、とてもお前のことを心配してるんだぞ。それで2人で話し合ったんだ。ここにいるより、やっぱり最後は家族のもとにいた方がいいんじゃないかって。今日はその話し合いに来たんだ」
「でも、いきなり強引に連れて帰ろうとするなんて」
「あんたは黙ってろ!赤の他人のくせに何を言っている?あんた自身もそんな状態で安心できるとでも思うのか?」
俺は、川口青年の父親の言葉に返す言葉も無かった。たしかにそうだ。本来なら彼を支える存在であるべきなのに、今はこの体たらくで、このままでは互いに潰れてしまうかもしれない。彼の父親の気持ちはもっともだ。
「俺は帰らないよ」
川口青年の口から、ポツリと一言漏れる。
「和成!お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「父さん、大きな声を出さないで。和成、過去のことは水に流そう。今は家族で助け合って残りの時間を大切に過ごそう。家の近くにいい病院もある。福山さん、あなたからも言ってあげて下さい、あなたも今の状況から、和成に今、何が大切か分かっているでしょう?」
そうだ、確かにそうだ。彼には今、適切なサポートが必要だ。それを俺の身勝手で奪ってはならない。
「わかりました」
「福山さん!?」
「さぁ、これで話しは決まったな。さっさと帰るぞ」
それだけ言うと、川口青年の父親は彼の腕を取り、引き摺るように彼を連れて行った。俺は、彼を引き渡してしまった申し訳なさで、顔を上げることもできずにいた。
「すいません、ご理解いただき感謝します。これ、少ないですが受け取って下さい」
そう言うと、川口青年の兄は分厚い封筒を俺の前に置いて去って行った。
静まり返った誰もいないリビング。俺は、封筒を取り上げて中を見てみた。
そこには、札束が入っていた。俺は、その封筒を壁に向かって投げつけた。川口青年のいなくなった部屋で、俺は声を上げて泣いた。誰にも聞かれないと思うと、それまで堪えてきた感情が堰を切ったように溢れ出して止まらなかった。 
俺はその夜、全てを失った。

 
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