太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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今日でお別れ

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川口青年の心が、既に俺から離れている。
そして、彼の命がもうこの先長くないという現実に、俺は打ちのめされて一睡もできずにいた。
どうしたら、彼の力になれるのだろう?
どうしたら、彼を救えるのだろう?
どうしたら・・・どうしたら・・・
何か手立ては無いのか?本当にもう、手の施しようが無いのか?別の病院で診てもらえば、もしかしたら方法が見つかるんじゃないか?
とにかく、彼と話してみないことには何も始まらない。
俺は寝床を出て、彼の部屋の前に立った。
もう寝てしまっただろうか。俺は少しの間、ノックをしようか迷っていた。その時、彼の部屋の扉が開いた。
「どうしたんですか、福山さん?」
「いや、少し話す必要があるんじゃないかと思って。これからの俺たちのこととか、いろいろ」
「俺も、そう思ってました。入ってください」
川口青年は、俺を部屋に招き入れた。久しぶりに入る彼の部屋は、随分と殺風景になっていた。物が少なくなっていた。
「いろいろと整理しているんです。使えるものはオークションに出したり、人にあげたり、捨てたり。引っ越しの時に楽だし、あとで遺品整理で迷惑かけたくないんで」
その言葉が、再び彼が本当にこの世界からいなくなるという事実を教えてくれた気がした。
「何から話しましょうか?」
彼はとても落ち着いていた。俺を慕ってくれていた、数ヶ月前の屈託の無い笑顔を見せる彼は、もうそこには居なかった。
何から話したらいい?聞きたいことや言いたいことは山のようにある。
「本当に、癌は治らないのか?どこか別の病院で診てもらったら」
「いくつか診てもらいましたが、どこもダメでした。もう、末期で余命宣告もされました」
「どれくらい?」
「手術して、一年持つか持たないか」
「それなら手術しよう!」
「いや、俺はもう・・・」
「どうして?まだやりたいこともあるんじゃないのか?やれることは全部やろうじゃないか!」
俺は、目の前で全てを受け入れた川口青年を鼓舞するために、今かけられる精一杯の励ましの言葉をかけた。
「いえ、俺はもう、やることはやったんで」
「そんなこと言うな!秋山さんと少しでも一緒にいたいだろ?」
違う、これは本心では無い。川口青年と一緒にいたいのは、俺自身なのだから。
「福山さん、俺と秋山さんのこと認めてくれるんですか?」
「俺は、お前が望むことなら何でも受け入れる。いいな、手術して秋山さんと少しでも仲良く、幸せに暮らすんだ」
これでいい、嘘でもこれが今、俺にできる精一杯のことだ。彼に手術を受けさせ、残された時間を幸せに過ごしてほしい。それだけがこの瞬間、俺の望みになった。
「それでいいな?」
川口青年は、俺の言葉に小さく頷いて、そのまま顔を上げることはなかった。気がつくと、川口青年の目からは2つ、3つと雫がこぼれ落ちていた。
「それで、これからお前はどうするつもりだったんだ?」
「仕事を辞めて、ここから出て行こうと思ってました」
「秋山さんと暮らすのか?」
「いいえ、秋山さんとではなく、1人で暮らそうと思ってました。秋山さんと一緒に暮らすとなると、秋山さんの職場が遠くなってしまいますし、俺も病院に通いづらくなってしまうので」
「でも、1人では心配だ・・・そうだ、このままここで暮らせばいい」
「えっ!?でも、福山さんはそれでいいんですか?」
川口青年は、俺からの提案に、あきらかに戸惑っていた。しかし、その顔には少なからず明るさも見えていた。
「新しい部屋を探すにも1人で暮らすにも、治療にお金がかかるだろ?家賃は俺の給料だけでも払えるし、病院にも通いやすい。そうしよう!なっ?」
内心、これは俺の我儘だった。川口青年のことを優先しているつもりが、これで彼と一緒にいられるなら理由など何でも良かった。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
川口青年は、躊躇いながらも俺の提案を受け入れてくれた。
これで一安心だ。俺は川口青年が余命を安心して、楽しく、幸せに生きるために頑張ろう。
この時、それが俺の新しい生き甲斐へと変わった。
しかし、この時はまだ俺は気づいていなかった。この先、さらなる困難が2人の前に立ちはだかるかということを。


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