太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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悲しみの足音

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川口青年が朝帰りして喧嘩をしてから、4ヶ月が経とうとしていた。
あれから以前と何も変わっていないかのようにも思えたが、どこかが何かおかしく思えてきた。
誘っても3回に1回は断られ、やがてそれが3回に2回に増え、やがてレスになった。
いや、一緒にいる時間が長くなれば男同士でなくてもそれが普通なのかもしれない。
俺は、不安が頭をもたげようとするたびに、そう自分に言い聞かせて不安を打ち消した。
そんなある日、高田部長が異動になり、本社から鯨井部長が新しく着任した。
鯨井部長は気さくなオッサンだが、お喋りで口が軽くて、女子社員の間ではセクハラ部長としてあまり評価は良くなかった。
鯨井部長が着任したその日、早々に歓迎会が行われることになった。
いつもの面子にいつもの話題。いつもと変わらず飲み会は盛り上がっていた。
「あー、酔った酔った、皆んな楽しんでるか?」
すっかり出来上がった鯨井部長は、上機嫌で隣の女子社員にお酌を要求している。
「やっぱり若い可愛い女の子にお酌された酒は美味いね」
それがセクハラだって言われる原因だってのに。
「ところで、この中に福山君と川口君はいるかな?」
「はい、俺たちですけど何でしょうか?」
「高田君から話しは聞いてるよ、君たち付き合っているんだってね?一緒に住んでるんでしょ?」
飲み会の席が水を打ったように静まり返る。
「あれ?私、何かいけないことでも言いましたか?」
鯨井部長は、悪びれることもなく酒を飲み続けている。周りの皆んなは、事態が掴めずそこかしこで互いの顔を見合わせている。そして俺は皆んなの視線が突き刺さることにいたたまれなくなっていた。
「それは、つまり・・・」
俺は言葉に詰まった。
「いいえ、俺たちは一緒に暮らしてはいますが付き合ってなどいません。現に俺には他にちゃんと付き合っている相手がいますから」
川口青年は、毅然とした態度でキッパリと否定した。
驚いた。高田部長にバレた時は堂々と交際宣言したのに。彼ならきっとまた堂々と交際宣言するだろうと思って、今度は俺がちゃんとしなければと思っていたのだから。
「そうなの?なんだ、高田さんも人が悪いなぁ、あはは、そんなわけあるわけないよね」
鯨井部長に釣られて、周りの皆んなも引き攣った笑い声をあげている。
しかし、俺にとってはそんな周りの反応などどうでもいいことだった。
川口青年が俺ではない他の奴と交際宣言をした。
それが大問題だった。
嘘か、本当か?どっちなんだ?
それ以降は、俺はお酒をほとんど飲んでいないのにほぼ記憶が無かった。

歓迎会もお開きとなり、俺は川口青年と並んで家に帰る。
俺の心とは裏腹に、夜空は澄み渡り、雲ひとつない空にはとびきり明るく輝く満月が浮かんでいる。
「さっきの話し、本当なのか?」
何度もそのセリフが口から出かかっては飲み込んだ。
家に着いても、俺たちの間に会話は無かった。
冷蔵庫を開け、中に入っていた麦茶をコップに注いだ川口青年は、それを一気に飲み干した。
聞きたい、でも聞けない。聞きたくない。でも、聞かないとおかしくなりそうだ。
「あの話し」
「えっ?」
「俺、福山さんとは別の人と付き合ってます」
2人の間に沈黙だけが流れる。お互いに言葉を発さず、動くこともなく、残酷な言葉だけが残る。
「嘘だろ?」
川口青年は俯いたままだった。それが、川口青年の言葉が真実だと雄弁に語っているようだった。
「いつから?」
「どうして?」
「誰と?」
俺の口から矢継ぎ早に言葉が発せられた。
「秋山さんと、2ヶ月前から」
あぁ、やっぱりそうか。何だかそんな気はしていた。
「でも、どうして?」
「ちょっと待っててください」
川口青年は、そう言うと自分の部屋に入って、封筒を手に戻ってきた。
俺は川口青年の持ってきた封筒を手に取り、中から一枚の紙を取り出して広げた。
それは、診断書だった。
胃癌。ステージ4。
「どうして?嘘だろ?」
川口青年は首を横に振った。
「本当です。健康診断で引っかかって、検査をしたらもう手の施しようが無いって。若いから進行が早いらしいです」
俺は膝から崩れ落ちた。
「でも、だからってどうして秋山さんと?」
「秋山さんに相談したら、それでもいいから自分と付き合ってくれないか?と言ってくれたんです」
「どうして俺には何も話さずに決めてしまったんだ!?俺だって・・・」
「だって、パートナーシップに二の足踏んでたじゃないですか」
そんな・・・そんな理由で?いや、彼にはそうではなかったのか。俺が及び腰だったのに気づいていたのか。でも、だからって。
「忘れてください、早く」
そう言い残して、川口青年は自らの部屋へ引き揚げてしまった。
どうして?どうして?
俺の頭の中には、ずっとその言葉だけが繰り返し、答えの無い自問自答に陥った。


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